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天使か悪魔か

リアルババアあしゅのいらん事言いブログです。 昔の記事は http://maho.lomo.jp/nashural/ に。

レーンの鯉

バッテイングセンターに連れて行った、
爽やか好青年の元彼が
次にデート場所に選んだのは、ボウリングであった。

子供の頃に1度やっただけの初心者だったが
教え方が上手いのか、私が天才なのか
通ううちに、アベレージが190を切ったら
「今日は調子が悪いな」 と、言うほどに上達した。


私はテニス部レギュラーのくせに
握力20という、校内最低の脅威の数値を誇っていたので
8ポンドの球じゃないと、とても辛い。

その上、腕力もないので
3ゲームも投げていると疲れてきて
ただでさえ遅い球速が
ピンにたどりつくまで何日掛かるんだよ
というほどノロくなり、おまけに一度
ピンに当たってはねかえった経験もある。
しかもピン、倒れずピンピン。 (ダジャレかよ!)
あのクソ重いボウリングの球がだぞ!
彼氏がそれを見て、「今、球がはねかえった!!」
と、叫んでいた。

ついでに、投げる球に回転を掛けられない。
爪がバキバキ割れるからだ。

おまけに、端ピンが1本残った場合
普通は対角線上に投げて倒すものだが、それができない。
だが、ガーターゾーンに沿って
真っ直ぐに投げられるので支障なし。
こんなんだから、回転が掛かると
かえって狙いが付けられない。


これだけの悪条件プラス
ストライクはほとんど取れないのに
私は全スペアで高得点を叩きだせるのである。
これを天才と呼ばずして何と呼ぶ!

これを裏付けるエピソードがある。
私たちは、平日の昼間にプレイをしてたが
その時間帯は、ひとりで来る
マイボールマイシューズのおやじが多いのだ。

隣のレーンで投げていたおやじが
「すみません」 と、話しかけてきた。
何かと思ったら 「プロの方ですか?」 だと。

今ならブリッジをするほど
ふんぞり返って高笑いをするとこだが
その頃は、天使のような謙虚な心を持つ女子だった私は
8ポンドの球を持つプロがいるんか?
このオヤジ、バカか? と、思っただけだった。


・・・・・さて、しつこく自画自賛をしてきたのには
理由がある。
ボウリングに対する暗い過去の出来事を
今から書くのだが
それだけを書くと、私がまるでアンポンタンオンリーに
思われるだろうし
私自身も、自画自賛でもして発奮せんと
書いとられんわい! という心情ゆえ。

これから語るエピソードは、ついこの前までは
単なるちょっとイヤな経験のひとつに過ぎなかったのだ。
もっと以前に書いていたら
笑い話として済ませていただろう。


先日TVで 「世界バカ大賞」 とかいう番組があり
その一部門で1位になった出来事を何気なく見てたら
自分とほぼ同じ体験で
しかも 「こいつバカー」 とか
スタジオで嘲笑されてて
そんなにマヌケな事だったんか!
と、愕然としたのである。

あの時、あの場にいたヤツがこの番組を見ていたら
「俺、こういうシーンを実際に見た事がある!」
「えー、うっそおー、ありえなーい」
とかいう会話が交わされているかと思うと
すげえ脱力・・・。


いつものボウリング場で
いつものようにプレイしていた私だが
気付くと、何故かレーンの中で
ラッコ風味で球を抱きかかえ、仰向けに転がっていた。
(世界バカ大賞では前のめりに飛んでいたが)

多分、投げる時にレーンの中に
足を突っ込んじゃったんだと思うが
その瞬間の記憶がまったくない。

彼氏が清々しく微笑みつつ
「大丈夫?」 と、手を差し伸べてきた。
その手に掴まろうと、片膝を立てたら
ツルッと滑り、また転がった。

「あーあ、何してるの」 と
彼氏が抱きかかえている球を捨てろと言う。
「ええ? もう一回投げ直すー」 と、ゴネる私に
「ファールだからダメ」 と
あくまで清廉潔白な言葉を吐く、ヤな清廉潔白野郎。

ちっ、と、思いつつ、球をガーターレーンに捨て
再び彼氏の差し出す手を握ろうと、足を突くと
また転がってしまった。

レーン内に入った事があるヤツならわかるだろうが
あの中は立てるどころじゃなく
ツルツルにワックスが塗りたくられているのである。
そんで、全体が微妙にピンの方に傾斜している。

転がる度に、ツツーッとピンの方に滑っていき
彼氏の手に絶対に届かない位置にまで後退した私は
そこで理性の糸がブチ切れた。

もしこのままピンのとこまで滑って
ピンを倒してしまったら
上から機械が降ってきて、チュイーンと、切断される!
と、思い、青ざめたのだ。

今思えば、あの機械は別に裁断機じゃないんだし
何でそういう想像をしたのか
動揺した自分、かなり頭が悪くねえか?
と、情けなくなるんだが
とにかく、あの時の私は大慌て状態だった。

山の彼方あたりぐらい遠くから
彼氏の 「落ち着け」 という声が
微かに聞こえたような気がせんでもないが
すっかりパニくっていた私は、起き上がろうとしちゃ転び
起き上がろうとしちゃ転び
どこぞの温泉CMの鯉レベルに
ビチビチバタバタしながら
とうとうレーンの半分ほどまで流され
「ああ・・・もうダメだ・・・
 シュキーンと切られて死ぬーーー」
と、絶望的な気分全開で半泣きになっていた。


と、突然、真横から手が出てきた。
泣きかぶった目で見上げると
ボウリング場のカウンターにいたお兄さんで
どうやら、レーン間の仕切りをつたって
救助に来てくれたらしい。

あっっっ! その手があったんかーーーーーっ! と
考えつかなかった自分を一瞬とても恥じたが
正気を保つために、何で誰もそれを助言せん
という怒りと (もしかして助言されてたかも知れんが
 パニックで何も聞こえてない)
レーン幅は結構広いし、仕切りは狭いので
ひとりで帰還するには、またひと悶着あったろう
のふたつで、自己正当化した。

何とか自分の大恥さらしを、“仕方がない事” で
脳内変換せにゃ、今後の人生やっとられんだろう!

さっさと助けに来んかい! と
感謝の気持ちを持つ余裕もない私を子牛のように抱え
スタスタと仕切りを歩く係のお兄さん。

生還した私を待っていたのは
会場にいた数人の客の拍手で、それを見て
どんだけ苦労したと思ってるんだ、能天気に喜びやがって
と、やさぐれて八つ当たりな気分で頭を下げる私の横で
彼氏が 「どうもお騒がせして」
と、爽やかに謝っていた。


とりあえずイスに座らされ、彼氏が説教をたれる。
主に 「ああいう時は、まず落ち着け」
という内容だったが
「周りも最初は笑っていたけど、途中からは皆
 すごく心配し始めて
 係員を呼びに行ったりしてくれたんだよ。」
という言葉で、改めて自分の大恥を突き付けられ
もう言わんでくれーーーーーーー!
と、土下座して泣き喚きたくなった。

TVの世界バカ大賞で、レーン内にすっ転んだあいつは
一体どうやって戻ったのかが、気になってしょうがねえ。


後日聞いた事だが、プロボウラーは
レーンのワックスを削るように投球し
自分の球筋を通して得点を上げるのだそうだ。
そんな繊細な競技だったんか!!!

ということは、その中で大暴れした私は
ボウリング場にとって
とても迷惑な事をやらかしたんだな・・・。
出入り禁止とかされてもしょうがないような行為だ。


その後、即行でボウリングは辞めて
二度としないつもりだったが
結婚時代に、ボウリング種目の国体優勝経験者と
プレイする機会があった。
とても美しい投球フォームだと褒められたので
再び天狗になって再開してもいいんだが
爪を割りたくないので、やっぱせん。

その国体優勝者のフォームは
実に見苦しい投げ方だったので
思わず 「フォームは関係ないんですか?」 と
後で思えば、とても失礼な質問をしてしまったんだが
答は 「今の時代は回転重視なんだよ」 だった。

上手いのと美しいのは別問題だと納得させられた。


石上神宮

2006年の記事。


“いそのかみじんぐう” と読む。
日本最古来の神宮だったはず。
以前TVで観てから
ずっと行ってみたかった神社。
奈良県天理市にある。

ここには、木の上で寝るニワトリがいるのだ。
猫などの天敵から身を守るために
自らあみ出した就寝法らしい。


時は秋、紅葉の季節に奇怪なニワトリを観に行く、
何て素晴らしい組み合わせ!
という、後付け臭プンプな理由を引っさげて行ってきた。
(実は単に車を借りられただけ)


着いたのは午後3時頃。
ニワトリの就寝時間など
人生において何の必要もないので知らないのだが
こんな時間じゃ、絶対にまだピンピンしてるはず。

だったら紅葉だし、近所に天理ダムってのがあるらしいし
そこもついでに通りすがろう、と、寄り道をする。

この天理ダム、有名な心霊スポットらしい。
いらんとこには行かんのが君子というものだが
私には霊感はないどころか、通常の感覚も怪しいし
霊もいくら何でも、真昼間から無節操に出ないだろう。


どこがどこかさっぱりだったが、駐車場を見つけ停めた。
先客がいるらしく、車が1台停まっている。

展望台みたいなところに足を踏み入れた瞬間
激しく動揺。
50代ぐらいのサラリーマンっぽい男性が
猫3匹と見詰め合っている。

向こうには猫の飲み水用らしき器も転がっていて
キャットフードらしき物が散乱していた。

その日は平日で、人っ子ひとりいないのに
目の前には猫と戯れる気弱そうなリーマン・・・。

これ、私、いちゃいけないんじゃないのか?
何だか、その人の安らぎ空間にズカズカ入った気分になり
そそくさと帰った。

天理ダムは、地図で見るのと違い
小さくてしょぼい溜め池だった。
ついでに、紅葉、1個もなし。
TVじゃ紅葉紅葉言ってるのは
どこの世界の話なんだよ?


時間を持て余したので、まだ早いが
石上神宮に行く事にする。
肝心のニワトリは、小屋に入っているのもいるが
3種類10羽ぐらいウロウロしていた。

真っ白のと、真っ黒の
トサカが脳みそのようになっているやつ3羽
羽が孔雀のように芸が細かい模様のが2羽
あとは、赤いトサカに、茶と黒の羽に
長い尾を持つやつ。

追いかけると逃げるが、立ち止まってると
人の足をのうのうと踏んで行く。
鳥野郎にしては、人間に馴れているようである。


ニワトリと団欒をしようとしたら
ドーンドーンと太鼓の音がしたので
何かの行事か? と、本殿に行ってみた。

本殿にはひとりの若い男性が正座をしていて
拝めるんだーーー、と、隣に座ろうと思ったが
珍しく脳のストップ機能が働いて、まず静観していたら
神主さんがその男性に向かって祝詞をあげ
紙のついた棒をシャコシャコ頭上で振っている。

あああああああああ、良かったーーーーーーー!
隣にノコノコ座ってたら
とんだ大恥をかいていたところだったーーー!

これは多分、厄払いだな、と思ったが
祓われている男性の年齢がえらく若い。
男性の厄年っていくつだっけ?
と、張り紙を見たら、最低25歳。
あの兄ちゃん、どう見てもせいぜい20歳ぐらいだよな。
ははーん、こいつさては心霊スポットに行って
取り憑かれたなあ?
と、勝手に決定して、ひとり楽しく納得していた。


さて、時は4時半。
ニワトリ様は、一体いつお休みになられるんだろう?

脳みそトサカ真っ白ニワトリの1羽が、やたら凶暴で
同じ脳みそトサカ真っ白のやつを
しきりに追い回して突付いていて
ニワトリの世界にもイジメってあるんだ、などと
どうでもいい事をボンヤリ考えていたら
憑依野郎がお祓いを終えて出てきた。

やたらジロジロ見られて、失礼なヤツだな、と思ったが
何か色々大変そうだし、まあ頑張れ
と心でエールを送った。


憑依野郎を見送って振り返ると
木の枝が1本だけ揺れている。
え? まさか? と、ジーーーッと目を凝らすと
ニワトリ on the 枝!!!
周囲に同化して、すげえわかりにくいんだが
確かにいる。

いつの間に登ったんだよーーーーーーーー!
登るとこを見たかったのに
地味に潜んでんじゃねえよー。


だったら他のも登り始めるはず。
おら、おまえら登らんかあ!
と、地面にいるニワトリに念を飛ばす。

すると、小屋の近所にいたやつが、小屋の屋根に登った。
おお、そっから行くんだな? よし、頑張れ!

だが、こいつ、羽根を大きく広げて飛ぼうとするが
足踏み足踏みで、すげえビビっている。
まさに文字通り、チキン! を目の当たりにし
激しく感動!!!


と、そこに、私の横の枝に
いつの間にか別のニワトリがいた。
・・・・・こいつら、ワープでもしてんじゃねえの?
だがそいつは、すぐその枝から降り
よその枝の下で構える。

何かさっさと書いているが
ひと動作ひと動作の間が、すげえ長いんだよー。
毎晩そうやってるんだから
さっさと所定の位置につけばいいものを
何を悩む事があるのやら、チキンもまだ足踏み中だし
仕切り直しをしようとしているやつも
目当ての枝があるようだが
コケッコケッとか言いながらキョロキョロしてるし
ほんと、イライラさせられる。


と、その時、足踏みチキンがババババババッと
羽ばたきつつ、かなり上の枝に飛び移った。

凄えええええええええ! そんだけ飛べるんか!!!

いや、正直、そこの小屋の屋根から一体どうしたいんだか
絶対にこいつ目測を誤っている、とバカにしてたんだが
そこまで飛べるなんて!

賞賛を送っていたら、チキンは更に高い枝へと飛び移り
予想外のいい仕事に、思わず見とれてしまった。


ニワトリたちが、枝の上に飛ぶのを
頭カラっぽで見ていたら
「ああ、乗ってる乗ってる」
と、おば様二人がやってきて
デジカメを構えて取り始め、そこでハッッッと気付く。
私も撮らなきゃ!

・・・・・でも、デジカメ忘れた・・・・・。
忘れたっちゅうより
デジカメの存在すら1mmも浮かばなかった。

しょうがないので携帯で撮ろうとしたが
光が悪くてよく写らない。
この携帯は多分、フラッシュも使えるんだろうけど
寝ようとしているやつに光をパシパシあてるのは
相手がチキンとは言え、すげえ失礼だろう。

しかもこいつら、神社在住なんで
きっと神様の使いとかそういうもんじゃねえの?
無礼をしたら、天罰が下りそうで恐いわ。


おたおたしていたら、木の上で安住したやつらが
次々におたけびを上げ始め
あまりのうるささに、その場から離れざるを得なかった。
こいつら、この時間から寝るんなら
朝は4時5時起きじゃないんか?
それでこの騒ぎって、すんげえ近所迷惑。


という事で、何とか撮った ↓ たった1枚。

0610170610122.jpeg





高野山

2006年の記事。


兄が、高野山高野山とうるさい。

両親の墓は、実家のある熊本から遠い山中にあるので
参るのが大変なのだ。
そこで私が関西にいるのをいい事に
高野山に墓を移そうと企んでいるに違いない。

大体、両親が存命中に、せっかく永代供養にしといたのに
何でまた墓代を払い直して、移転せにゃならんのやら。
私だって関西に永住するとは限らんぞ。


あまり兄がしつこく高野山マンセーを唱えるので
渋々とレンタカーを借りて行ってみた。

カーナビに金剛峰寺をセットして、テレテレ走っていたが
いきなり脇道に誘導され、それがハンパない山道で
何しろ、対向車が来たら数百mバックせにゃならん。
生まれ育った山奥を思い出したぜ。

そういう江戸時代の通行道みたいなんを
延々走っても走っても、目的地に着く気配すらない。

途中、分かれ道も数回あり
カーナビを信じてやってきたが
カーナビの現在地印が道からどんどん外れ
しまいにゃ、「おめえどこにいる?」 って感じで
画面を四方八方にワープし始め
いくらリセットしても機能しなくなった。

民家も一軒もないし、対向車は一台も来ないし
このまま迷って、ウロウロしてたら日が暮れて
真っ暗な中をこの道を帰宅って、ほぼ遭難じゃん!
何より、このカーナビの狂いようが
霊障に見えて恐ええええええー。

諦めて、Uターンしたさ・・・。
一応、高野山を走ってはいたと思うんだが。


帰宅して、地図を調べた。
もしかして、裏高野山を走らされていたんじゃないのか?
(って、裏高野山って何なんだ)

で、地図によると、私が走ったのは確かに高野山。
しかも国道! まさに戦前サイズ!
なるほど、カーナビの設定では国道優先だからか。

高野山にはバイパスみたいなんが通っているが
それが南側からで、私は大阪から高速に乗って
途中で降りて行ったわけで
“最短距離” としては、正解・・・・・・?
でも普通は、南のバイパスから行くんじゃねえの?


次のチャレンジは、「有料道路優先」 にした。

・・・したのに、カーナビは高速を降りた途端
また、あの道に入りたがる。

「そっちじゃねえ!」 と
地図本を見ながらズンズン進む。
ほんと、カーナビの意味がねえだけどころか
このくそカーナビ
「指示カラ外レマシタ、外レマシタ」 と
むちゃくちゃ逆らって不安を煽ってくれる。

今回は観光バスが丁度いたので
ついていけばオッケー、と目論んだが
バス、途中でドライブインに寄りやがった。
私もしつこく、そのドライブインまでついて行ったんだが
何か飯を食うみたいで
えれえ時間が掛かりそうなんで断念。

前に県外ナンバーの車も数台走ってるし
こいつら全員高野山詣でだろ。
着いて行きゃいいや、と丸投げしていたら
デカい三叉路で信号停車。

どどどどどどっちだ? どっちの道もデカいぞ?

先頭車両が行く方向に全員行くので、私もそれにならう。
ところが、この先頭車両
途中で細い脇道に入ってしまい、地元民だった事が判明。

おまけに、前回ほどではないが、道がどんどん細くなり
どう見ても、観光バスが走っていい
バイパスには見えない。

その中を車4~5台がダンゴになって、ヒイヒイ走る。
ここにいる全員、騙されたわけだ。

クネクネ道をダンゴになって走ってるからよく見えたが
車に乗ってるのは、全車両全員がジジババ。
その年でこの道は辛かろう。 私もとても辛いがな。


やっとの事で、金剛峰寺にたどり着き
正門前の駐車場に車を止め、降りた途端・・・・・・・
・・・・・・・・・突然の豪雨・・・・・・・・・・・。

ああああああああああああ?
今日は一日晴天、降雨確立0%って言ってたのにーーー。

私、高野山に歓迎されてないかも・・・。

即行、帰りたくなったが
とりあえず墓の場所を地図看板で探す。
そうこうしている間にも、雨ドワーーーーーーーーーで
墓散策は断念。

しょうがないので、せめて金剛峰寺ぐらいは見学
と、中に入ったが、寒い!!
下界じゃ上着も必要ないほど暖かかったのに、ここ極寒!
ここの坊さんたちは、この寒さだけでも
えれえな修行なんじゃねえの?

出された茶と茶菓子をモソモソ食い
意味のわからん大量のついたてや和室を眺め
こういうとこは歴史に詳しいウンチクたれが
一緒じゃないと、さっぱり何が何だか
何のために自分がここにいるのかすら疑問だ。


しかも、帰り道は気を抜いて
ついうっかりカーナビに洗脳されて走っていたら
「4t以上通行禁止」 って看板がチラッと見えて
「え? え?」 と動揺しつつ
道が狭すぎてUターンもできず
そのまま強行突破したら
1回目に走って断念した道に出た!!!

1回目は、金剛峰寺のおよそ30分手前で
断念してた事が判明。
そこらへんで野宿したいほどドッと疲れが出た。


帰宅後、兄に 「私、高野山とは相性が悪いかも」
と、訴えたら、「たまたまだろう」 だ。
ほんと、こいつとは話が1mmも進まねえ。

高野山はいくら関西在住でも
行くのは一苦労だと説得しようとしたら
「駅前がすぐ墓だぞ?」

ええええええええええええええええええ?

知らなかったよ! 駅見てねえよ!
電車で行けるんかよ!

・・・にしても、高野山、もう行きたくないなあ・・・。


と、思っているヤツがあと二人はいるはず。
うちの故両親だ。

何をトチ狂ったんか
両親が高野山に行きたいなど言い出し
兄と3人で旅行をしたそうな。

兄が言うに 「高野山なら宿坊だろ」 で
泊まったらしいんだが
とうちゃんは、大酒が飲めなくて怒るわ
かあちゃんは、部屋や飯が貧相で怒るわ
ロクでもない旅行の思い出になったとさ。

当たり前だろう!!!!!

旅行と言えば、朝から飲んでいなくちゃならん父親に
最高級の宿屋じゃないと
フロントで平気でチェンジかます何様な母親が
宿坊の清貧が楽しめるか?

和歌山あたりの温泉にでも泊まるべきだったな。
兄も配慮が足りん。

高野山に墓を移すのは、故両親も嫌がる気がするぞ。


観光写真? ねえよ。

一応デジカメは持って行ったが
道程で心身ともにHPを削り取られて
テンション下がりまくりで
指1本動かす気分にならんかったわ。




異国の家族

2006年の記事。


私が小学校3年生ぐらいの時に
村に台湾人の家族が越してきた。
うちの家族とは父親の仕事の関係で
家族ぐるみで付き合っていた。

台湾人Tさん一家は、夫婦と男の子がひとり。
娘も2人いるが、台湾に住んでいるという。

そのTさん一家と交流して、子供ながらに
同じ東洋人でも、ここまで違うのかと驚いたものだ。


まず、皮膚の質感が違う。
例えて言うと、日本人がすりガラスなら
台湾人は象牙なのだ。
皮膚が厚いのか、透明感はないが均一な肌色で美しい。
日本人だと、耳の後ろがそれに近い質感である。

そして体臭が、薬草?みたいな匂いである。
ああいう料理を日常的に食っていれば無理もないと思う。


私はTさん一家が大好きだったが
ひとつだけ辛い事があった。
私が自分の部屋にいると、突如ヘンな匂いがしてくる。
あ、来たな、と思って身構えていると
半径どのぐらいまで匂いを振りまいているのか
しばらくしてやっと、Tおばさんの足音が聞こえ始め
家のチャイムが鳴り
「おくさーん、料理おすそわけ来たよー」 と
声がする頃には、家中が
その破壊的な匂いで充満しているのだ。

しょっちゅうおすそわけをしてくれるが、全部が煮物系で
それをとうちゃんが酒の肴に喜んで食うのだが
食卓に置かれた鍋からは、何の匂いなのか
生まれてこのかた、一度も嗅いだ事がない
物凄い異臭が漂い、食欲も枯れ果て
こっちは飯どころじゃない。

鍋の中身を覗き込んでも、材料の元の姿がわからない。
てか、日本にある食材で
こんな匂いと形の料理が作れるのかすら疑問だ。

あまりの臭さに 「この匂いが嫌い」
と言ったら、とうちゃんが
「その国にはその国の料理があるんだ。
 それを嫌がるのは
 その国の文化を否定する事になるんだぞ!
 そんな失礼な考えを持つな!!」
と、烈火のごとく怒った。

ああ、そうか・・・、と、反省し
二度とその台湾料理を非難しなくなった私だが
ある日の夕方、田んぼをウロウロしている
Tおじさんを見かける。
「何をしてるの?」 と、近寄ったら
手にビニール袋を持っていて
その中にカエルが数匹入っていた。

私は節足動物以外では、カエルが一番嫌いなので
激しく引いたが、Tおじさんは
「カエルを取っているんだよ、美味しいんだ。」 と
私には禁句同然のとんでもない事を言う。

食べられる食用ガエルがいるのは知っていた。
でも、袋に入っているのは、どう見ても青ガエルである。
「・・・・それ、食べられないカエルなんじゃないの?」
と、聞くと
「日本人は食べないらしいねえー。」 と、さらっと答え
「あ、殿様ガエルがいた!」 と、捕まえて
「これ、特に美味しいね。 おくさん喜ぶよ。」
と、私に見せてくれた。

私はほんっっっっっとーーーーーにカエルが
大大大大大嫌いなのだ。
青ガエルも、小さいくせに妙にふくよかな太ももが
リアルで気持ち悪いが
殿様ガエルなんか、背中の複雑で奇妙な模様が
もうゾッとしてゾッとしてーーー。

この世で一番見たくないものを鼻先に突きつけられ
泡を噴きそうになりつつ、全速力で家に帰った。

それ以降、鍋の中に何が入っているのかは
一切考えない事にした。
とうちゃんの教え通りに、台湾ではあれで普通なのだ
と、思い込んだからだ。

後年、漢方薬を煎じた時に、ふと懐かしい気持ちになり
その匂いがあの台湾料理に酷似している事に気付いた。
どうやら体には良かったらしい。

が、胃を治すための漢方薬だったが
ひとくち飲んでオエッとなり、もうゲロゲロで
「胃が悪い時にこんなもん飲めるかあ!」
と、叩き捨てた。
良薬口に苦し。


台湾人と日本人の一番の違いは、人間性である。
Tおじさんは、よくうちに飲みに来て
その時は楽しそうにしているが
普段は無口で大人しい印象だった。
だが、実にキッパリした性格で
自分の意見をはっきり言う。

Tおばさんは、明るく大らかで
でもこれまた物事をズバズバ言うので
オブラートに包んで回りくどい気遣いの日本人からしたら
特に、山奥の村人には面食らう存在だったろう。


Tおばさんに頼まれたせいもあり
私は夫婦の息子Kと、よく一緒に遊んだ。

しょっちゅう、あの料理の匂いが漂うT家に
遊びに行ったが、Tおばさんは普段はニコニコしてても
私たちが悪い事、危ない事をしたら、般若のような顔で
「それダメね! ダメダメ! 危ない! 悪い事!」
と、怒鳴り散らす。

最初に怒られた時は、こんなにわめき散らす大人を
初めて見たので、あまりの恐怖に固まってしまった。
きっとその時の私は、まさに
ハトが豆鉄砲をくらったような顔になってただろう。

ひとしきり叫んだTおばさんは
コロッといつものTおばさんに戻り
「もうしちゃダメね。 これ食べてあっちで遊ぶね。」 と、お菓子をくれるのだ。
最初の頃は、この豹変ぶりに付いていけず
すげえ動揺してたものだ。


T家のクリスマスは、ツリーを飾り、ごちそうを作り
華やかなイベントだった。
もちろんうちでもツリーとケーキぐらいはあるが
かあちゃんは 「プレゼントは何がいい?
 おとうちゃまに言いなさい。」 と
4~5歳児の私に、サンタの存在を
1mmも感じさせてくれなかった。

ちょっと知恵が付いてきて
「サンタさんは?」 と、聞くと
「おとうちゃまが汗水流して働いたから
 買ってもらえるのよ!」
と、かあちゃんにかかれば
世界的プレゼンターもどこの馬の骨扱いである。

こういう親なので、うちでは淡々とした
とりあえずなクリスマスだったが
T一家のクリスマスは
飾りつけもゴージャスで物珍しかった。
ただ、ツリーの飾りなど
日本のキャラクター感覚と違うのか
微妙にデッサンの狂ったリアルさが
不気味さをかもしだし、それがまた興味深かった。


T夫婦は、イントネーションこそ
他国の人そのものだったが、日本語はペラペラだった。
その息子Kは、まったく日本語が喋れず
意思の疎通に苦労した。

Kは中学生の年齢だったが、言葉の問題があるので
小学校6年に編入した。
が、何故かクラスメイトとは遊ばず
放課後はいつも私と私の友人と3人で遊んだ。

内気な性格なのか、黙って着いてくるだけで
何がしたいのかわからない。
日本語で話しかけても、ニコニコするだけで
返事もまったくしない。

困り果てた私たちは、Tおばさんに聞いた。
「“バカ” って台湾語で何て言うの?」
Tおばさんは 「サークァって言うね。」
と、サラリと答えた。

私たちは反応の薄いKに 「サークァ」 と、叫んだら
Kが笑いながら追いかけてくる。
私たちはキャアキャア言って逃げる。
そういう遊びを発明したのだ。
単なる追っかけっこだが。

それ以来、楽しくやってたのだが
ある日かあちゃんがそれに気付き
「そういう遊びはしちゃいけません」 と、注意され
Tおばさんにも謝っていた。

Tおばさんは、「子供の遊びね。 気にする事ないね。」
と、あっけらかんとしていたが
私はかあちゃんの言い付けを守り
以後はブランコや鉄棒などでKと遊ぶようになった。


T一家は2年も経たずに転勤して行った。
中学になったある日、友人との間でKの話題が出て
「Kは知的障害があったんだよ」
との、友人の言葉に驚愕した。

「・・・じゃあ、私たちが
 “サークァ” って言ってたのって・・・」
「うん、最初、知らなかったとは言え
 Tおばさんには気の毒な事をしたよね。」
「いつから知ってた?」
「しばらくしてから何となく。
 あんた、全然気付いとらんかったじゃろ?
 そういうとこ鈍いもんね。」

そういえば、Kは親に対しての台湾語も
単語しか話していなかった。
最後の最後まで、Kは日本語を喋らなかった。

私は自分が何ちゅう無神経なヤツなんだ
という事にショックだった。
が、Tおばさんの対応は本当に
気にしていないように思える。
台湾人が全員T一家と同じではないだろうが
日本人とはここでも感覚が違うのか?
これで思い出した出来事があった。


私が小学校5年の頃、学校の廊下で
皆でワイワイ騒いで遊んでいた時の事。
笑える事を言ったヤツがいたので
笑いながら、「もう、バカじゃねえ?」
と、肩を叩いたら
今まで笑っていたそいつが、急に泣き始め
「あしゅがバカって言ったーーーーーーっ」
と、先生のところへ走って行ったのだ。

一体どういう状況なのかが飲み込めず
先生に呼ばれ事情を聞かれた私は
「普通に遊んでいたのに何でですか?」
と、逆に質問した。
先生は 「とにかく、バカとか人に言わないようにね。」
とだけしか答えなかったが
翌日の朝礼で校長先生が
「人にバカとか言ってはいけません。」 と、演説した。

結局、その理由が何なのか説明もなく
私にはわからなかったが、友人が教えてくれた。
「特殊学級ってクラスがあって
 普通の勉強についていけない子が入るんだって。
 あの子はそこのクラスなんだよ。」
私が思ったのは、じゃあ、勉強についてこれない子は
バカなのか? だった。

特殊学級の話は聞いた覚えがあるが
誰がいるのかも知らなかった。
生徒数は少ないが、学年には2クラスあり
うちのクラスにいない子は
隣のクラスだとばかり思っていたのだ。
特殊学級ができたのは、私が小学5年になってからで
中学でもあったが、2年になって廃止されたようで
誰がそのクラスだったのか
まったく判別ができないままである。

“バカ” という単語に過敏反応する子に
それに対してキチンと説明もできない教師。
よくわからないまま
“バカ” と言っちゃいけないんだと思い込む生徒。
一体どういう教育なんだ?


私は今でもこの問題に関しては、わからない。
多分、私が鈍感で無神経なだけなのかも知れないが
通常の接し方で不都合がある場合は
注意点を最初に言ってほしいもんだ。
気の回しすぎもイヤなもんじゃないのかなあ。

ある盲目の人が
「僕は目が見えないから、家では壁を伝って歩く。
 ところがうちの奥さんは 『壁が汚れるからやめて』
 と、怒るんだよ。
 ひどいよね。
 でも、他の人だとこんな事は言わない。
 だから奥さんと結婚したんだ。」
と、楽しそうに笑っていた。

この話の意味も、どうとらえていいのかわからない。
結局は個人個人で感覚が違うのだろうが
だからといって、この愚鈍な私に
そんな臨機応変は無理である。


差別は言語道断だが、区別は必要である。
でも、その区別さえもどうかな、という場合もある。

T一家は、息子の知能障害など、気にもしていなかった。
数年後に、「近くに用事があったから」 と
T一家がうちに訪ねてきた。
Kは20代半ばになっていたのだが
あの頃とまったく変わらない若さで
まるで時が止まったかのようだった。

いや、髪をクルクルにパーマを掛けて
より一層可愛くなっていた。
聞くと、特殊学校に通っているらしい。
「結婚とかどうするの?」 との、私の不躾な質問に
T夫婦は笑って言った。
「この子を一生養える財力の持ち主ならいいけどねー。
 そんな女性は中々いないから
 ずっとうちに置いとくよ。」


このT一家との付き合いは
子供の私にとってこの上ない教育であった。
外国人と日本人との違いを自然に認識できた。
台湾人と中国人、韓国人、日本人
同じ東洋人でも全部違う。
子供の時だったからこそ
何の疑問もなく受け入れられたと思う。
そして障害者への対応に関しても
考えさせられるきっかけになった。

今、T一家はどこにいるのかもわからない。
でも、再び会う事ができたら、色んな事を聞いてみたい。
聞いてはいけない事を聞いたら
ガッと怒った後にすぐ流してくれるから
私にとっては、とてもありがたい。
尊敬する一家である。



意識の整理

2006年の記事。


夢をみた。

かあちゃんの入院についていったという設定なんだが
かあちゃんが 「こんな部屋イヤ!」 というので
(うちのかあちゃんはこういうヤツなんだ)
最上階の見晴らしのいい部屋に変わった。

で、途中は省くが、入院中に仲良くなった他の患者に
「今日帰るんだ。 かあちゃんが死んじゃったから」
と言うシーンを、目覚めてから思い出して、ふと思った。

夢の意味については色々説があるだろうが
(どうでもいいので調べてない)
もしかして、夢には記憶の調整や
整理の目的があるんじゃないだろうか。


フロイトやユングが夢判断をしている
と聞いた記憶があるが
何でもかんでも性に結び付けているという批判もある。
いや、詳しくは知らん。
各自で調べて私に教えれ。

ネクタイを男性器の象徴だと言ったのは誰だっけ?
私には、あれは首輪と縄にしか見えんぞ。
労働者の制服なわけだろ?
奴隷時代の名残りじゃねえか?
何をどうしたらあれが男根に見えるんやら。
目が腐っとるぞ。


と、そういう事はどうでもいい。
毎晩欠かさずに夢を見て、それをしっかり記憶している
そこまでいったら睡眠障害の称号ゲットの私の経験上
夢というのは、脳内仕分け作業のような気がする。

辛い時には楽しい夢を見て
精神のバランスを取っているフシがあるのだ。
他の記憶も、都合のいいように解釈をすりかえたり
記憶した出来事の気付いていない意味を付加したりと
夢でやってても不思議じゃないだろ?

あ、夢でやってるというより
やってる作業のせいで夢が生まれるんかも!

ほら、男性がエロAVを早送りして
都合のいいとこでストップかけるだろ。
その時に早送りをしている最中の
意味ねえ画像表示のように
脳の作業中に脳に映し出される画像が
夢として残るんかも???


しかし、それでは意味がつかない現象も
起きているのである。

学生時代の私も、相変わらずお金に無頓着で
仕送りがある日をすっかり忘れているような
アホだったんだが
仕送りの日間近になると、白い蛇の夢を見るのだ。

これだけだと、忘れている予定日を
脳がお知らせしてくれてる、と
いう説明で大納得な上に
自分のタイマー機能にうっとりするんだが
問題は臨時収入がある前にも
この白い蛇が夢に出てきていた事だ。

それも二度三度ではない。
全然関係ない時に、白い蛇の夢を見て
何のこっちゃ? と、思っていたら
かあちゃんが気まぐれな送金をしてくれたりで
激しくビックリするので覚えているのである。

ここで注目すべきは、何度となく
気まぐれな小遣いをくれる
かあちゃんに対してだろうが、それはおいといて
この白い蛇の夢は、一体何なんだ?

予知か?
だが、私に余分な能力は一切かけらもない。

他に考えられるのは、かあちゃんから私への念
つまり、テレパシーなのだが
貸したお金が戻ってきた、みたいな時にも
白蛇はチョロチョロしていたので
テレパシー説はちょっと薄い。

やはり、予知だと考えるのが自然なんだろうが
それは20歳前後の数年だけの現象で
今は白いどころか黒い蛇も、まったく出てこないので
それだと、意味のない時期に
意味のない能力を意味なく発動させて
自分の限りある能力をえれえ消費した気分で
ほんっと惜しくてしょうがない。


白い蛇の夢は特殊な事例として考えると
夢というのは、やはり記憶の調整のような気がする。

私は普段、すげえ大量の情報を摂取しているが
ゲームにハマると、入手する情報量がゴッと激減する。
(ゲームというのは
 そういう意味でバカを育てると断言できる。
 子供には当然お勧めしないし
 大人でも余暇にすべきだと思うぞ)
そういう時の夢は、何というか・・・ちゃちいのである。

普段の生活をしていて見る夢が映画なら
ゲームにハマっている時に見る夢は
便所の落書きみたいなもんか?
(あれもある意味アートだが)

入ってくる情報量によって、夢の質が変わるという事は
元々の脳の質や作りはそんなに
急激に変化するわけではないので
脳の働き方が変わっていると想像できる。


私の今の説は
「夢は脳の深夜残業 (超過手当てなし)」 である。
フロイト、おめえの脳はエログロ一色じゃあ!





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