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天使か悪魔か

リアルババアあしゅのいらん事言いブログです。 昔の記事は http://maho.lomo.jp/nashural/ に。

殿のご自慢 93

「奥よ、わしは跡継ぎを
 “作る” 事にしたぞ。」

「あれま、それはよろしい事だな。」
「うむ、わしが男として役に立たぬゆえ
 おまえには不憫な思いをさせてすまなんだな。」

八島の奥方はカラカラと笑った。
「気にすんなって。
 お陰さまで清い体のまま
 御仏さまに仕える事が出来るだよ。」

それを聞いて、ギョッとする八島の殿。
「おまえ、出家するつもりなのか?」
「あたしゃ、武家の出じゃねえ。
 自害なんて、とんでもね。
 だが、おめえさんの供養は任せとき。」

「う、うむ・・・。」


「伊吹か・・・、それも良かろう。
 高雄や勝力は名門じゃし
 野間は単純すぎる。
 乾行は欲がない。
 雲揚 (うんよう) よ
 伊吹と龍田の姫の婚姻を成就させるぞ。
 さすれば、“家” を起たせられる。
 その後、天下を獲れる気概を持てるよう
 鍛えようぞ。」


「雲揚、伊吹の様子がおかしい。
 萎縮し過ぎておる。
 これは・・・
 やりすぎじゃったか・・・?」
「では、やる気を起こさせてみましょう。
 北東の地に出る山賊とやら
 素人集団にしては統制が取れているよう。」
「ふむ?」
「調べたところ、山城ではないかと・・・。
 人柱をたてましょう。
 伊吹にとって、大事な者をひとり。」


「大殿、申し訳ございませぬ。
 槍大将を無駄に失う結果に
 なってしまいもうした。」
「いや、仕方がない。
 わしも伊吹があそこまで歪んでいるとは
 想像だにし得なかった。
 だが、青葉姫の存在は惜しい・・・。」

「では、伊吹を出奔させましょう。
 吾妻の石崎 (いしざき) は
 拙者とは古い友。
 いくさ続きに嫌気が差しておりますゆえ
 渡りをつけて、協力を仰ぎましょう。」


「伊吹は息がありましたゆえ
 知り合いの寺に預けました。」
「うむ、やはり死なせたくはない。
 よくやった。」

「青葉姫はどういたしましょう?」
「そこが問題よ・・・。
 姫を獲った者に天下をやろうと
 思うとったが
 まさか姫を一番毛嫌いしておる
 高雄とは・・・。」
「名家同士の縁組ですな・・・。」

「結局、天がそれを欲するのなら
 抗う (あらがう) 術はない
 という事か・・・。」
「大殿、諦めるのは早うございますぞ。
 一から探し直し・・・。」
「時間がないのじゃ、雲揚よ!
 やむを得ぬ。
 高雄ならば、お膳立てさえすれば
 卒なくこなしてくれようぞ。
 誰もこれ以上いくさの続く世は制しきれぬ。
 全力で東と西を整えて、手はず通り
 一気に高雄に立ってもらうぞ。」

「はっ、後の事は安心して
 お任せを・・・。」


青葉姫よ、そちを利用してばかりで済まぬのお。
じゃが、すべては平安の世のため
そちには、もうしばらく
苦しんでもらわねばならぬ。

さて、どういたぶったものか・・・
ん? この背に広がる傷は?
爪跡?

・・・伊吹・・・
あやつがここまで狂うとは。
望みの高さにより
犠牲もまた大きくなるという事か・・・。

せめてもの罪滅ぼしに
この傷跡をわしの鞭で消してやろう。

「さあ、青葉姫、子をどこにやった?
 わしの問いに答えぬとどうなるか
 その体で思い知ってもらうぞ。」


雲揚よ、そなたには幼少の頃より
陰で支えてもらった。
わしは成り上がる事にこだわった。

じゃが、その願いも成就できず
病に倒れるぐらいなら
稀代の暴君として咲いて散りたいと願う。

そなたには辛い想いをさせるが
わしの最期を見届け
世を二人に治めさせてくれ。



八島の殿のご自慢は
何にも揺らがぬその理念
天下統一の世の底を
その首ひとつで支え持つ

わしの上に歴史が積もる
わしの上に未来が降る
踏むなら踏め そして笑え
邪がいたと

わしの誇りは 名ではなく実
誰が知らぬとも墓標に刻まれ それで良い

さあ 皆のもの
この世の春を楽しめい



「もう、鎧兜も使わぬ時代か・・・。」
「だが初代の重臣さま方の甲冑は
 きちんと保存しておかねば。」
「うむ、そのお働きで
 今の平和が保たれたのだからな。」

「ん?
 この、う・・・雲揚という記名は
 どなただ?」
「ええと、それは・・・、あった。
 千早家の初代参謀の福江さまの幼名だ。」
「ひえええええ
 そんな古い兜がよく残っていたなあ。」


 終わり 


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殿のご自慢 92

「奥方さまのお帰りでございますーっ。」

その声が城中の高雄の耳に届いた時に
思わず、飛び出してしまった自分がいた。


急に高雄が目の前に現われた青葉は
驚いて声を上げた。
「いかがなさったのですか?」

驚いたのは高雄も同じであったが
自分でもわけがわからず
あいまいに口を濁す。
「い、いや・・・。」


高雄からも呉服屋に “何かあったら” の
連絡がいっている。
青葉は、ふたりの元へ行くとばかり
思っていたのだが
子に会いに行っただけだったのか・・・。

青葉は何も言わなかったが
その様子が何も変わらないので
高雄の想像はほぼ当たっていた。

潮は父親と幸せに暮らしているのだな。
そして、追い返されたわけではなく
“あやつ” とは最初から
会う予定はなかったのだ。

素直に再び一緒になれば良いのに・・・
高雄はそう思いつつ、自室に戻った。


数日後に呉服屋から、高雄の着物が届く。
青葉が注文しておいたものだ。

その着物と一緒に、文も入っていた。

高雄はそれを一読し、少し動揺したが
畳み直して文箱に入れた。

それを振り返る。
が、背を向ける。

そんな妙な動作を何度か繰り返したが
とうとう立ち上がると
廊下をズカズカと進んだ。


「あ、高雄さま、お着物は
 お気に召しましたか?
 あなたさまのお好きな銀糸模様・・・」
青葉はそれ以上喋れなかった。
高雄が口をふさいだからだ。

ふたりの初めての口づけであった。

如月はそっと部屋を出る。
「今日は青葉さまのお部屋には
 近付かないように。」
他の召使いに、そう命じる。

青葉の体は、生まれて初めて
男に優しく扱われた。


「あなた・・・
 わたくしをお好きでいらしたの?」
青葉の無神経な問いに、高雄は考え込んだ。

きっとあの時からであろう。
血まみれの布に覆われて
意識も朦朧 (もうろう) としているのに
気負いなく微笑んだその顔が美しく見え
私には衝撃だったのだ。

その時から私には
あの言葉がのしかかった。

 “愛さなければよい”

だが、これから始めよう。
大嫌いだったこの女と
失いたくないこの女と
世を治めていこう。



「母上は体中
 傷だらけでございました・・・。」
「そうか・・・。」

俺もあの時に、谷底から生還したのが
不思議なぐらいであった。
互いにボロボロの体になったのだな・・・。

文を書こう
あやつに言おう

ありがとう、と。
すまなかった、と。

それから生きていこう
かけがえのない息子と二人で。


そしてたったひとこと、つづられた。

 幸せにしてやってくれ


 続く 


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殿のご自慢 91

「ごめんください。」

「こ、これは青葉姫さま!
 お呼びいただければ
 こちらから参りますのに。」
呉服屋の主人は大層、驚いた。

「いえ、今日は通りかかったので・・・。」
「どうぞ、こちらでお茶を。」


「元気そうでした。
 あなたには本当に感謝しております。」

「・・・・・
 そんな、あたしは何も・・・。」
それ以上、青葉は何も訊かなかった。

「もし、“あの人たち” に
 何かあった場合は、連絡を。
 急ぎの場合は
 これで用立ててください。」
重そうな小さい包みを主人に預ける。


「いつも面倒な事を頼んで申し訳ありませぬ。」
呉服屋の主人は、恐縮しつつ頭を下げた。
「そんな、青葉姫さまのお役に立てるほど
 光栄な事はございません。
 今後とも、何でもお言いつけください。」

青葉はスッと立ち上がった。
「ありがとう、お言葉に甘えます。」


青葉は帰りすがら
振り向く事をしなかった。

夢にまで見た潮に会えて嬉しい反面
その立場が、想像以上に
遠くに感じたからである。

世の事を考えねばならぬ身としては
潮の存在が原動力になるけれど
そこに未練を残したくなかった。
自分がみじめに思えるからであった。


あの子が少しでも来たがれば
連れて帰りたかった。
でもあの子には、今のままの方が
良いようですね。
寂しさはあったでしょうけど
幸せに育てられたと感じているのは
わたくしの罪悪感でしょうか・・・。

だけど、あえてあのお方に
お礼は言いませぬ。
あの子を与えて奪ったのですから。

憎しみの視線なら、いくらでも浴びたけど
まるで物を見るかのような
あの最後の目・・・
あれでわたくしは別れを受け入れられた。

あの雪の早朝、寒さを感じさせないほどの
冷たい眼差しは
多分、一生忘れられないようですわ・・・。


青葉と潮が会ったのは
これが最後であった。
ふたりの道は、完全に
分け離されてしまっていた。

そしてそれは
“あのお方” も同様であった。


 続く 


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殿のご自慢 90

あの時の草原は、変わらずに眼下にあった。
ここから、すべてが始まったのである。

草原を見渡す青葉の背後で
パキッと枯れ枝を踏む音がした。
青葉はゆっくりと振り向いた。

そこには、あの若き日の
伊吹が立っていた。


「・・・潮・・・?」
「は・・・母う・・・え・・・!」

潮は動揺しながらも
青葉の手の導くままに
その体を抱きしめた。


「大きくなりましたね
 こんなに背が高くなって・・・。
 それでまだ十歳なのですか?」
「はい、父上が頑張って
 育ててくれました。」

青葉は潮の顔を、微笑みながら見つめた。
その表情は、この十年
青葉が見せた事のない
心からの嬉しそうな笑みであった。


潮を託したのは、例の呉服屋であった。
“この子の着物を贈ってくれた人に
育ててもらってください”

青葉は書をしたためた。
潮を愛している事、なのに手放す理由
再び会えるよう、鬼になる事
そして十歳の春に、ここで待つ事
その書に緑の組み紐を添えた。


「潮、この母を許してくれますか?」
「許すも何も、全部
 俺のためにしてくれた事です。
 そのご苦労の様子
 噂には聞いておりましたが
 お顔の傷はまことに・・・。」

青葉は潮の頬をいとおしげに撫ぜた。
「誰にでも苦労のひとつや
 ふたつはあります。
 そなたはどうです?
 不自由な事はありませんか?
 欲しいものや、希望など・・・」

潮は青葉から恥ずかしそうに目を逸らした。
「母上が近くを通ると聞いた時は
 いつも見に行っておりました。」


「千早家の行軍だぞーーーっ!」
「白鎧と黒鎧が、中央の赤鎧を引き立たせて
 見事なものじゃないか。」

「おお、あれが龍田の赤染め姫さまか!」
「今は千早の赤染め姫さまだぞ。」
「いずれにしても、何とご立派な。」


「人々はこぞって母上を褒め称え
 それが俺の誇りにもなっておりました。
 俺もあそこに行きたい
 そう思った時期もありました。」

青葉は問うた。
「来ますか?
 千早家でそなたの存在を
 知らない者はおりませぬよ。
 父の違う弟妹たちも
 兄に会いたがっております。」

潮は背を向けた。
その背が少し震えている。
母の愛を知らずに育った、まだ子供なのだ。


「俺の本当の父親は・・・?」
青葉は吹き出した。
「それだけあのお方に瓜二つで
 その心配ですか。」

青葉は帯を緩め、背中を出した。
その背中は、上部の見えている部分だけでも
グチャグチャに切り裂かれた事がわかった。

「八島の殿は、わたくしを
 捕らえただけです。
 わたくしが肌を許したのは、夫、
 今の千早高雄と、そなたの父上の
 ふたりだけですよ。」

潮は母の体中の想像以上の傷に
衝撃を受けたようだった。
青葉は少し寂しげに言った。

「わたくしがいるのは
 こういう世界なのです。
 潮、そなたには幸せになってほしい、と
 母はいつも願うております。」


「潮、これを持っておきなさい。
 これを見せれば、あなたはいつでも
 わたくしに取り次いでもらえます。」

青葉は潮の手に、巾着を握らせた。
「それは常盤緑
 そして内側が赤染めです。」


青葉は着物をととのえた。
「わたくしは、もう行かねばなりません。
 そなたはどうしますか?
 一緒に来ますか?」

潮は巾着を握りしめた。
「いえ、ここで母上を見送ります。」

その言葉に一抹の寂しさを感じ取った青葉は
再び潮を抱き寄せた。

「潮、そなたは愛の結果なのですよ。
 いつでもおいでなさい。」

「母上っ・・・!」
潮は青葉を抱き返した。


 続く 


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殿のご自慢 89

矢風の祝言には
必ず高雄と青葉は出席をする。
それが相手方が望んでいる事であるからだ。

矢風の正妻になった菊姫は
まだ可愛らしい少女であった。

「よいか、おまえは矢風どのを通して
 千早家と我が家の縁を繋げる役目。
 よって、高雄どのと青葉姫に
 気に入られるよう、努力いたせ。」

この言葉は、今後矢風に嫁いでくる
姫たち全員が
親に言われる言葉であった。


矢風は結局、四人の妻を持つ事になる。
これが功を奏したのもあり
千早家は東の地をも治める事が出来た。
初の天下統一である。

八島が潰れてから三年という
短い期間での偉業であった。


高雄が治世に明け暮れる間
青葉は相変わらず、武術の稽古をしていた。

「こうやって、練習をしていると
 落ち着きますの。」
しかし、その腕は相変わらず
上達はしなかった。

青葉は茶を淹れる代わりに
木刀を振る道を選んだだけであった。


青葉が政治にひとことも
口を出さなかったのは
高雄の道義を信頼していたからであった。

自分を嫌っている者でも
正しければ付いていく。
命じられれば、どこへでも赴いた。
その協力ぶりは、周囲に仲の悪さを
悟られないほどであった。


「平和になったねえ。」
「ああ、いくさがなくなったから
 年貢も減ったし
 山賊や盗賊からは
 殿さまたちが守ってくださるし
 まさか、こんな良い世がくるとは
 思ってなかっただよ。」

民衆たちは、“いくさのない世” を
初めて経験した。
そうなると、民同士の小競り合いが
起こってくる。


「“番所” というのを
 作ったらどうですかな?」
福江が提案する。

「番所?」
「そうです。
 争い事を収める番所
 罪人を取り締まる番所
 決まり事を守らせる番所
 腕に覚えのある武士たちもいくさがなくなり
 その力を持て余しております。
 そういう者たちに規律を教えて
 町を守らせるのです。」

「なるほど・・・。」
高雄は感心した。

このような知恵者が
何故八島の城の奥に追いやられていたのか。

いや、いくさに出なかったからこそ
“いくさが終わった世” の
構想を練る時間がたっぷりあった
という事であろう。

「では、その案を練って、実現いたそう。」
「はっ。」


基本的には物事は
家臣たちで話し合って決めるのだが
最終決定件は千早の大殿、高雄にあった。

高雄は、その冷静さで
実に公平に物事を持っていった。

世は、本格的に平和へと
進んでいくのであった。


「わたくし、数日間出掛けてまいります。」
青葉がそう申し出た時にも
高雄はどこへ行くのかとも問わなかった。

「うむ、気を付けていけ。」
「お気遣い、ありがとうございます。」
お辞儀をして、青葉は部屋を出て行った。


数人の従者とともに
馬で走り去る赤い衣の妻を
高雄は城の上から眺めた。

まだ少し肌寒い風が吹いていた。


 続く 


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