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天使か悪魔か

リアルババアあしゅのいらん事言いブログです。 昔の記事は http://maho.lomo.jp/nashural/ に。

2015年の締め

締めって、時々諦めと読み間違うよ。
“しめ” と “あきらめ”。

2015年は私にとっては
何も起こらなかった平和な一年だった。
理想的な年だな。

でも、その平和さに脅えてた。
こんなに静かで良いんだろうか、って。
こう思うのも、あの騒音家族の影響だよ。
ずっと尾をひいてる。
中々平常心には戻れないもんだな。


こういう何もない一年だったので
ブログに書く事がなくて困ったよ。

騒音公害からのうつの続きで
安定剤を飲んでいるんだけど
それで心が安定しちゃって
書きたい事がなくなっちゃったんだ。

自分を表現するには、喜怒哀楽どれかが必要で
それが平坦だと、ほんと意思も薄れてくる。

そういうのを見抜かれて
皆には気を使わせちゃったみたいで
本当にすみません。

今、潜伏記事を再アップしてるけど
昔と今とじゃ、文体すら変わってるだろ。
今の私には、あの頃の勢いがない・・・。
正直、くじけそう。


一年の締めにグチグチ書いてるけど
実は波乱が起きそうなんだ。

騒音家族がいたところに
老夫婦が住み始めて、静かで良かったんだけど
その老夫婦がもうすぐ引っ越すんだって。

次にどんな人が入居してくるの?????

もう、すんげえ恐怖。
毎日、心の中で神頼みだよー。
これでまたうるさい家族が越してきたら
私、ぶっ壊れる!

そうなったらブログも怒りと悲しみで
書く事が出てくるかも知れないけど
そういうブログ、読みたくねえよな。


という事で、一波乱あるかもしれないけど
徐々に老婆のひとりごと的場所になりつつある
このブログを、今年一年読んでくださって
どうもありがとうございました。

来年も何とかやっていきますので
どうぞよろしくお願いいたします。

皆さんの来年が平和でありますよう
もちろん私も無事でいられますよう
祈りをこめて・・・。






愛の宅急便

2003年の記事。

うちの実家は貰い物が多い。
お中元お歳暮の時期は貰うのもさながら
送るのも大量で、凄い金額になる。

私としては、欲しくもない物をやり取りするのは
無駄に思えるので
父が死んだときに、そういうのはやめたら? と
提案をしたのだが
母の答は 「食うに困っても絶対にやめない」 だった。


まあ本人がそういう決意なら別に構わないかとも思うが
こっちにも迷惑がかかるのだ。
結婚してた時の事だが、しょっちゅう電話が掛かってきて
「お菓子を貰ったのであげるから取りにきて」
と母が言うのだ。

母も余り食が太い方じゃないが
私もお菓子などはほとんど食べない。
はっきり言えば、全然貰いたくないのだ。

そこで、いらない、と答えると、
「せっかく親切でわけてあげると言うのに
 あなたはほんとに人の好意がわからない子ね」
と、罵倒される。


うちのリビングはわざわざ紫外線カットガラスに
してたので、家の中ではすっぴんでいいのだが
一歩たりとも外に出る時は全身に
日焼け止めを塗らなくてはいけない。
気楽にホイホイ外出もできないのだ。


そうやって渋々出掛けて行って貰う “母の好意” は
1~2個食って、賞味期限ギリギリまで
寝かせておいた生菓子とかなのだ。

じゃ何かい、私は明日までに
この残り十数個の生菓子を持って帰って食うんかい。
と、思いつつも何も言えずに大人しく持って帰るのだが
私はハナから食わないし、元夫が気に入れば多少は食うが
結局は捨てるハメになる。

母は捨てるという罰当たりな行為がイヤなので
うちに押し付けてるとしか思えない。
私は廃棄代行業のようなもんだ。


だいたい送る側も、年寄りの家庭に
生菓子大箱とか何を考えて送るんだ。
私は送る側の “ほんの気持ちだけ” という
言葉の意味を問いたい、問い詰めたい。
「高価なものじゃないけど
 あなたの好みを生活を考えて選びましたよ」
が、“気持ち” だろう。

「あなたに物を送ろうという気持ちはありますよ」
の気持ちで選ぶから
貰って迷惑な物を送る事になるんじゃないのか?
どうせ送るからには
相手に喜んでほしいと思わないのだろうか。


私は物を貰うというのは嫌いである。
私の好みを考えてくれたとわかる贈り物なら
それが的外れであっても嬉しい。
それこそが “気持ち” を貰う事だからだ。
そういう物は好みじゃなくても喜んで使わせてもらう。

だが、とりあえず何かあげとこうとするだけのヤツが
多いから、最初から貰いたくないのだ。
そんな物は納戸で場所を取って
寝てるだけにしかならない。

まあ、お中元お歳暮は形だけのものなので
そうも言ってられないかもしれないが
それでも相手の家族構成に合わせるぐらいの
バリエーションは持ってもらいたい。


関西に引っ越してきてからは
それが宅配で送られてくるようになった。
月一ぐらいで小包が送られてくるのだが
中には “母の好意” が存分に詰まっている。

明らかに貰い物でいらない物が入っており
隙間にはトイレットペーパーやティシューの箱。
この隙間埋めのための物の方が、よっぽどありがたい。

てか、送料の方が高いんじゃないのか?
と、言いたいぐらいである。
この送料はいわば廃棄料みたいなもんか?


そういう小包を送り続ける母も
さすがに己を振り返ったのか
電話で 「何か欲しいものはある?」 と、聞いてきた。

そういう時はとっさに希望を思い出せずに
突拍子もない事を答えてしまうのが私の習性のようで
その時も何故か頭に浮かんだのが、駄菓子の雀の卵で
ついついそれを口走ってしまった。

それ以来、隙間にはありがたいティシューの代わりに
雀の卵が大量に埋められるようになってしまった。
毎回毎回、雀の卵が5~6袋送られてきて
いくら好きだとしても限度があると・・・。
あの母にそんな事を言った私が悪いのか?


そんな母も、たまには芸を凝らす事がある。
何かしらんが、毎月何かを送らないといけないと
思い込んでしまっているようで
いらない貰い物がない時は
芸達者な物が送られてくるのだ。

飲みかけのサプリメント、化粧品のサンプル
兄がネット懸賞で当てた健康食品、etc・・・。

ある意味、面白くはあるのだが
病院で叔母が貰った何に効くんだか
わからない薬が入ってた時は
これをどうしろと・・・? と、途方に暮れてしまった。

じゃがいもが入ってた時には
肉じゃがの作り方を書いた手紙も添付されていた。
あんた、遠方にいる娘に
晩飯の献立の強制までするんかい。

たまにお金が入ってる時もあり
わあい、と、期待して見ると 
「電車代」 と書いた容器に
小銭の中の小銭がジャラジャラ入っていた。
これはまさに母の愛だと一瞬思わんでもないが
1円玉や五円玉は自販機で使えんし
親戚の就職祝いに10万円ポンと送ったのを
私は知っている。


私は一人暮らしも長かったので
小包もずっと貰い続けていたが
昔はもっと役立つ物とともに
万札が必ず入っていたもんだ。
やはり離婚した不肖の娘にゃ厳しいようで
年々グレードダウンしてきている母の小包である。


小包の中には手紙が入っており
母の娘を心配する気持ちが延々と綴られているのだが
その内容は 
 「あなたがネットをしてると聞いて
 とても心配しています。
 知り合った人にお金を渡しちゃいけませんよ」    とかなのだ。

そりゃ出会い系だろう! しかも何故私が払う?
どう解釈しても、まだまだ貰う側だろうが!

何度説明しても理解しないので
「大丈夫、大丈夫」 と、放置していたところ
電話をしてきてまで、それを言うので
「売春するような娘に育てたんか?」
とボソッと言ったら
(母が言うのは売春じゃなくて買春だが)
援交路線だけは消去してくれて助かった。


母の脳内では中途半端に聞きかじったアングラな世界が
メリーゴーランドのように広がってるようで
ある種、楽しそうでもある。

今は私が騙されて東南アジアに売られるという
レトロな妄想を展開しているようだが
商品価値を考えると、若い娘さんを狙うのが
鉄則だという事に何故気付かないのだろうか。
と、いうか、東南アジアには素晴らしい女性たちが
いるのに、あえて中古を逆輸入する必要がどこに?


母親というのは、心配するのが仕事かのように
心配し続ける。
その気持ちはありがたいのだが、それが妙にズレて
ガチガチに固執しており
いくら訂正しても聞く耳を持たないので
こちらとしても、どうしたらいいのかわからない。

これを説得できるのは、みのもんたぐらいだろう
と諦めている。
てか、みのがいらん妄想を植えつけてるじゃねえのか?


私は誕生日など嬉しくも何ともないのだが
ひとつだけ楽しみがある。
誕生日には母からプレゼントを貰えるのだ。
それも現金で!

以前に 「何がほしい?」 と聞かれて
「何もいらない」 と言い張ったら
現金をくれるようになったのだ。

貧困にあえいでいたので
今年は特にそのプレゼントを楽しみにしていた。
それで化粧品やら、ちょっとした服を
買う予定にしていたのだ。


誕生日当日、チャイムが鳴った。
おおお、現金書留ーーー!! と
大喜びで出た私の前に立っていたのは
発泡スチロールの箱を抱えた宅配便の兄ちゃんであった。

送り主は母である。
中を覗くと、すき焼き用の牛肉が入っていた。

・・・まさか、これがプレゼントじゃないよねえ
と思ったが、それがプレゼントだったのだ。
誕生日に牛肉を贈られるバツイチ女・・・。
もの悲しい気分になった一日であった。


多分、電話で私が関西に来てから肉を食っていない
と言ったのを気にしての事だろうが
普段から肉を食わないのは知ってるだろうし
今はその上にご丁寧に夏バテで食欲もないのだ。
しかもステーキならまだしも
何故この真夏にすき焼き用?

この肉は失望の余りに2~3日冷蔵庫に
放ったらかしにしておいたら少々黒ずんできたので
とにかく食うしかないと焼くと
焼いても焼いても終らない。

私も途中で止めりゃいいものを、意地になって焼いたら
大皿に山盛りになり、こりゃ一体何人分だ?
と、見ただけで腹一杯になってしまった。
見るからに上等な肉なので塩こしょうのみで食ったが
食ってる最中から胸焼けしたので断念した。

肉一枚一枚がお札に見えて
さすがに捨てるのにちゅうちょしたが
冷凍したとしても、まず食う時はこないと思うので
しょうがない。


タイトルが宅配便じゃなく
宅急便になってるのはわけがある。

結婚していた時は自営業だったので配達も多く
あらゆる配達業者が来てたので
トラブルも自然と盛りだくさんで
私は配達人には、ちとうるさいのだ。

隣に事務所があった頃なんかは
車を出そうとしたら車庫のシャッターの前に
でかい流し台を置いていかれてて困ったりしたものだ。

最悪なのは郵便局員で、インターホンで 「どうぞ」 と
言って玄関の鍵を開けても入ってこない。
ポストからポストへの精神なのか
こっちが門まで出ていかないといけないのだ。

そういうのに限って
貰いたくもないような贈答品だったりするんだが
どんな物でも愛想の悪い業者に持ってこられると
嬉しさも半減するので送る側にも迷惑なことだと思う。


そんな中で、クロネコヤマトの宅急便だけは
誰が来ても感じがいいのだ!

おまけに、その中のひとりは
私の好み直球ど真ん中な兄ちゃんで
思わず布団を引いて待っていたい衝動に
かられるほどであった。

ある日、私が爆睡していたらチャイムが鳴り
慌てて出たらそのヤマトの兄ちゃんで
私がハンコを押してる時もやたら
「すいませんすいません」 を連呼して帰っていった。

一体何が 「すいません」 なんだろう?
と、いぶかしげに思い、ふと鏡を見たら映っていたのは
髪は四方八方だわ
頬にシーツの跡が縦横無尽についてるわ
とどめにヨダレの跡までくっきりと、で
いかにも今まで小汚く寝てましたよ
を表現している悲惨な姿であった。
ヤマトの兄ちゃんの優しい気遣いが
私をより一層に落ち込ませ
しばらくうずくまってしまった。


このヤマト、アタリなのは熊本だけかと思ったら
何と関西でもずばぬけて感じがいい!
皆、大事な贈り物はクロネコヤマトにしようね。





おいしいコーヒー 2

おいしいコーヒー 15.8.17

これに書いたお気に入りの喫茶店が
今年いっぱいで廃業するんだと!

ガーンだよ、ガーン。
私はこれからどこで豆を買えば良いのか?
せっかく美味しいとこを見つけたのに
私の好むとこは、すぐなくなる法則・・・。


しばらく落ち込んでいたけど
そうしててもしょうがないので
ネットで豆を売ってる店を探してみた。

そしたら、よさげなとこがいくつかあるんだな。
その中で一番行きやすいとこを訪ねた。


店の入り口がな、サッシの引き戸なんだよ。
何屋さんかわかりにくく、ものすごく入りにくい。
でも、ここまで来たんだから、と己を奮い立たせ
そっと引き戸を開けてみた。

喫茶店じゃねえ!

場違いなとこに来ちゃったか? と怯む。
出てきたのは、私よりは年上の女性。


もう、後には引けないので
コーヒー豆が欲しい事を告げると
ママさんはベラベラ喋り始めた。

豆の炒り方を解説してくれたんだけれども
その時、私はものすごくテンパってたんで
よく覚えちゃいねえ。
ただ、そこの店の豆は、ママさんの好みで
規格外に深炒りしてるらしい、ってのが印象に残った。

貧乏な豆売りだ、と嘆いてたので
道楽の店じゃあなさそう。


そして試練の時はやってきた。
試飲をさせてくれるそうなのだ。
それはご親切にどうも、だが
私はコーヒーには砂糖を入れないと飲めない。
この店に砂糖があるのか?
て言うか、砂糖なんて言い出せないよー。

どっかの未開のジャングルの奥地で
部族もてなしの得体の知れない飲み物を飲むがごとく
腹をくくって、出されたコーヒーを見たら
色が紅茶のように薄い。

何じゃ?こりゃ、と思ったけど
ええい、とひと口飲んでみると

苦くない!

そんで、酸味がまったくない。
薄いのに、ちゃんとコーヒーの味がする。

こ、これは美味い!!!!!


それを伝えると、今度はエスプレッソを
淹れてくれると言う。
ああ・・・、墓穴・・・。

さっきのは薄かったから飲めたわけで
濃いコーヒーなんか、ひと口でオエーだよー。

あのー、実は私、コーヒーが苦手で
飲み始めたのは、つい最近でー
と言うと、だったらちょい薄めにしてあげる、だと。
どう走ってもイバラ道!

出されたデミタスカップを、おそるおそる口に運ぶ。
もちろん砂糖なし。

苦くない?
いや、苦いのは苦いけど飲める。

これをママさんは、“えぐみがない” と解説。
深く深く炒った豆を、粗く挽いて
さっと淹れたら、えぐみが出ないんだと。


今まで私は、細かく豆を挽いて
時間をかけてコーヒーを淹れてたんだ。
そのコーヒーは、苦いけど酸味はなくて
それを美味しいと思っていた。

ところがこのコーヒーは、酸味はもちろん
ヘンな苦味もまったくない。
それに、ものすごく香り豊かなんだ。

新しい世界が開けたよー。

いやあ、私、世界一のコーヒー豆に出会って
一流のバリスタになった気でいたのね。

ところが上には上があるもんだなあ。
コーヒー道、奥が深いよ。


だけどこのコーヒー豆屋さんに通ってて困るのは
毎回砂糖なしで試飲させられるのと
努力を求められる事。

砂糖を入れてると言うと、鼻で笑われるし
こっちの淹れ方も詳しく訊かれる。
軽い気持ちでコーヒーを淹れられないのだ。
そこがちょっとしんどい。

けど美味いコーヒーが飲めるから
そこは辛抱なのか?


ここのコーヒー豆は、黒々としてテラテラしている。
油光りがものすごいのだ。
実際、油っぽくって、挽きにくい。
挽き器にベタベタくっつくほど。

師匠には炒りすぎだ、と言われたそうだけど
私の好みだから! と、ママさんは鼻息が荒い。
こういう信念の人からの買い物は
気楽にはできない、って事だな。


奥が深いコーヒー道、この更に上があるんだろうか?



私が使ってるのは、これとちょっと違うけど
同じカリタのやつ。
アマゾンで買ったけど、見つけられなかったよ。
アマゾンの商品検索、難しいっつの。
これにした理由は、細かさが選べるから。
何の支障もなく使えてるよ。


こっちは、冬場が旬。
夏場は劣化するから安心できない。
冬場に4個ぐらいまとめ買いして
冷蔵庫で保管して一年中使うのが
一番のお勧め使用法。





寝る!


私は寝るのがヘタである。
上手下手があるのかという問題は置いといて。

うちに泊まりにきた友人は皆
「あんた、辛そうに寝てるよね」 と、言う。
朝起きると、疲れがドーッとくるほどである。


結婚して家を建てた時、寝室は私の希望通り
フローリングの床に羽布団を直引きにした。
そういう、“スタイル” というのは、実用性に欠ける。
とても寒くて固いのである。
理想より現実で、結局は布団の幅の絨毯を引いたが。

ベッドじゃないので、制限がなくなったせいか
寝つきと寝相が極端に悪くなった。


最初は元夫の苦情で気付いた。
必ず、元夫の腹に両足を上げて寝てるらしい。
魔よけの儀式のように十字の形になってるようだ。

ちっ、私のこの細く美しい足ぐらいで何を怒る!
と、思ったが、妙な事に気がついた。
どうも私は左回りに左回りにと動いているようなのだ。

冬は寒いので、ちゃっかり布団の範囲で
グルグル回転しているみたいだ。
朝、ふと見ると、私の顔の横に
元夫のシャモジのような足があり
「ふざけないでくれる?」 と、怒ったら
私が逆に寝ていた。
はいはい、こっちがふざけてましたよ。

夏になると断然活発化して、行動範囲も広がる。
いつもよりよく回っております、というヤツだ。
ある朝、目覚めると
見たことのない光景が広がっていた。

いらん過去の経験上、てっきり、家じゃないと思い込み
「やっべーー、私、夕べどこで何をしたっけ?」
と起きると、寝室から廊下に体半分出して寝ていたのだ。

その廊下は洗面所の手前にあり
元夫が朝必ず通るところである。
元夫は可愛い愛妻が廊下にはみ出して寝てるのに
無視して、またいで出勤したという冷酷なやつだ。

と、言うか、そういう状況なら
普通、倒れてると思わんかあ?
私の死に様はきっと、死後かなり経ってから
発見される最期であろう。


ちなみに、元夫は私に朝起きてくるなと言っていた。
その理由のひとつが、私の寝起きの悪さにあった。

学生の頃は、寝起きの良さで
友人の親にも有名だったというのに
どこでそうなったのか
朝起きて1時間ぐらいは、世の中の物すべてが憎い。

ドアノブから照明のスイッチに至るまで、ケンカを売る。
ハタから見ると、イケナイ薬が切れたお方のように
見える事であろう。

寝起きの私なら、どこの国から特殊部隊が来ても
真っ向勝負カモーーーンである。
犬と言うのは、朝の挨拶をしたがるものだが
うちの犬は寝起きの私には近寄らなかった。


話を戻して、私は夜中の運動が益々盛んになったので
少々困っていた。
朝起きると、体中が痛いのである。
起きている時より、寝ている時の方が活動的なほどだ。

原因を考えていて、思いついたのが、方角である。
調べると、北枕であった。
北枕は良いという説もある。
地球の地磁気に沿って寝るからだそうだ。

試しに動く方向に布団の位置を変えてみた。
西枕だ。
すると、寝相の悪さがピッタリと治ったのである。
私の体は、地球の自転の方向に寝たかったのだ。

今までの記憶をたどると、暴れていた時の枕の方向は
南北いずれかであった。
寝相の悪い人は、枕の向きを一考するのも手である。


「寝る」 で、ひとつ事件がある。

新築の家に引っ越す時に、元夫は自分の親に
手伝いを頼む電話なのに、間の悪いケンカをして 
「もう頼まん!」 と電話を叩き切ったので
誰も引越しの手伝いに来てくれなかった。

元夫の人徳のなさに嘆きつつ
ふたりだけで引越しをした。
しかも、元夫がケチって
掃除屋さんさえ入れてくれなかったので
それからの日々は家中の掃除であった。

もう拭いても拭いても拭いても拭いても
廊下のザラつきが取れず、ワックスも何度かけたやら。
どんだけキツかったかというと
疲労で血尿を出したほどである。


そういう地獄の日々の中、ヘトヘトになっていた私は
ある日、夢を見た。

寝室の布団の上に私は立っていた。
回りを見渡すと、壁から天井から
黒い毛虫がウジャウジャ這っているのである。
振り向いて元夫が寝ているはずの場所を見ると
人の形に毛虫が重なり合って盛り上がっている。

とにかく部屋から出なきゃ、と
ベランダの方に歩こうとしたら
いきなり後からネックブリーカーをかけられ
布団の上になぎ倒された。

突然の暴行に、悲鳴を上げたと同時に目が覚めた。
(もう、うちの近所、大迷惑)
見ると、元夫が必死に私を十字四方固めして
「大丈夫か!!」 と、叫んでいる。
「・・・何してる?」 と聞くと
何と私は本当に立って歩こうとしていたらしい。

「夜中に妙な雰囲気がして、目を開けたら
 嫁さんが暗闇の中にたたずんでいたんですよ。
 その時の恐怖といったら・・・。
 とっさに飛びついて押さえつけましたが
  まるで悪魔と戦ってるようで
  心臓バクバクでしたね」  by元夫

誰にでもある単なる寝ぼけに
元夫は必要以上にビビり上がり
私を怖がるようになった。

私が夜中にトイレに行こうと起きると
いちいち目を覚まし、「怖いことじゃないんだろ?」
と、聞いてくる。
そういう問い掛けには返事をする気も起こらない。

返事の代わりに、いきなり、のたうち回ったりという
イタズラをしてもいいんだが
そういう冗談をしないのは私の良識である。


そういう険悪な関係の中、いらん事に
「リング」 をビデオで観た。
うちは二人とも怖がりなので
一ヶ月ぐらい怖いモードに染まってしまった。

それだけならまだしも、元夫が
「貞子はおまえに似ている」 とか、言い始めた。
貞子は美人だから、まあ、いいか
と、軽く考えていたのだが
私がちょっと元夫の顔を見ると
「おまえ、何、こっち見てるんだ!!
 怖いんじゃあ!!」 と、怒る。
かと言って、よそを向いてると
「そっちに何があるんだ! 怖い仕草するな!!」
と、怒る。

挙句の果てが
「俺、何でこんな怖い女と暮らしてるんだ?」 と
よく考えれば、ものすごく失礼な事を言い出した。

「嫁が貞子で怖いって
 そういう理由で離婚できるのか?」 と、説得はしたが
元夫の恐怖癖が治るまでの数ヶ月間
マジでとても辛かった。

こういう常識外の言い掛かりなど
普通は一生、経験しない事であろう。
元夫は結婚していた時期ずっと
私への恐怖が消えなかったようだ。



  おまけ
寝ぼけてる時の失敗談としては
これはつい最近の出来事なのだが
私は寝てて電話が鳴ると飛びつく癖がある。
「はい」 と出てから、気がつくのである。

夜遅くまでネットをしてた私は
黒い鶏2羽に突付かれて、血まみれで倒れながらも
そいつらをアルミホイルで追い払う
という悪夢を見ていた。

ふと気付いたら、子機を握り締めている。
どうやら相手は元夫のお義父さんのようだ。
「息子、いる?」 と、聞かれ、「うん。 いるーー」
と、タメ口を利いた時に最初のしまった! を思った。

子機から親機に転送しようとしても
寝ぼけてて、操作がわからない。
散々ボタンを押しまくったあげくに、あろうことか
大声で 「元夫、電話ーーー」 と叫んだ。

「誰からー?」 の元夫の問いかけに
つい、いつも陰で呼んでいるお義父さんの呼び方で
「○○ーーーーー」 (お義父さんの名前の一部)
と、怒鳴って、ふと気付いたら
どうも向こうに丸聞こえな雰囲気である。

でも、まだ頭がはっきりしていないので
何と言ったらいいかわからない。
「あーーー・・・」 と、恐る恐る電話口で声を出すと
「後で電話するように言って」 と、切られた。

その日から、お義父さんに会いづらかった。
呼び名は統一しないと失敗するという教訓である。
陰で 「ハゲ」 とか呼んでなくて
本当に良かったーーーーー。



 2002年に書いた記事




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