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天使か悪魔か

リアルババアあしゅのいらん事言いブログです。 昔の記事は http://maho.lomo.jp/nashural/ に。

ババアのチーク

チークというのは顔色をよく見せるのが目的。
厚塗りファンデのメイクでも
チークによって血色を再現し
薄塗りに錯覚させる効果もある。
 
メイクって自分の顔を把握していない私には
とても難しいものだが
このチークの塗り方が、これまた難解である。


“バラ色の頬” というのに憧れるが
これにはまず、なれない。
チーク本体はキレイなローズやピンクでも
その色がわかるほど塗ったら
おてもやんby肥後になってしまう。
何となく赤みがある、としか表現出来ないので
チークで美しい色の再現は
無理と考えた方がいいような気がする。

しかもチークほど、時間が経って
くすむものもない。
赤みは残っているのだが
どす黒い要素が加味されている。
「あーあ」 と、落胆するほどだ。

しかしメイク直しでチークを塗り直すのは
大変危険である。
いくらパウダーで油分を抑えても
ドス黒い赤みが残っている上に
更にチークを重ねると
どうしても濃くなりすぎる。

頬だけ拭き取って
メイク直しが出来るのならいいが
それが出来ない時のチークの直しは
明るめのフェイスカラーパウダーで
輝きを足す程度にしとくべきである。


チークの持ちを良くするには
クリームタイプとパウダータイプの
重ね塗りが良いとされる。
ファンデの直後にクリームチークを塗り
フェイスパウダーの後
パウダーチークを更に塗るのだ。

ファンデはクリームかリキッドで
パウダーファンデの場合は
ファンデの前じゃないとムラになる。
量は、パウダーファンデだけの場合は通常の量
クリーム or リキッドファンデの場合は
後から乗せるパウダーチークと合わせて
通常の濃さになるように。

私はクリームチークを使っているが
持ちは、まあちょっとはマシかな、
程度である。
ただ、自然に浮き出るような血色
というのが上手く出来る。

なので、パウダーチークはいらないぐらいだが
持ってるパウダーチークも消費せんと
と思って、重ね塗りをしているだけである。

チーク、ほんと減らないよな。
シャネルのジュ・コントゥラストなど
プレスじゃなく焼いている形状だから
固くて固くて、付属のブラシで削って
柔らかいブラシに取って塗る
というのが正当な使用法らしいのだが
そんな面倒臭え事やっとられるか! と
乳鉢でゴリゴリ砕いて
粉末にして使い切ったぜ。


ただ、クリームチークにはひとつ欠点がある。
塗ると、カバーしたシミが浮き出るのである。

私はちょうどチークを塗る部分に
ニキビ跡のシミがあって
それが1個だけなのだが
やたら主張してくれるので
コンシーラーで必死に隠す。

「よし、完璧にカバーした」 と思っても
クリームチークを塗った途端
それが再び出現するのだ。
かと言って、チーク後の
コンシーラーカバーは無理。
カバーした部分だけ肌色斑点だ。

私はもう、このシミカバーは諦めた。
シミを取るか、血色を取るかっちゅうたら
血色だろうー。
シミは1m離れたら見えないが
血色の悪さは目立つから。


似合うチークの色は
黄み肌か青み肌かによって違う。
いわゆるカラー診断ってのを受けないと
素人には判断は難しい。
これはブランドのカウンターで
診断してくれるところもあるが
確実なのは、カラーアナリストに
任せる事であろう。

必要性を感じつつも
私はやってもらってないわけだが
お陰で、あらゆる色選びで
すげえ失敗しとるよ。


チークの入れ方は、よくある頬中央に丸く、は
それが似合うかは、メイク法や
顔立ちでものすごく左右される。
大抵の素人はバカボンになっとるのしか
見かけないので、止めとく方が無難じゃねえ?

あと、横長に入れるチークは
顔がデカく見える。
「面長の人は横長に」 って
よく雑誌に書かれているけど
縦にも横にもデカくなるだけと思う。

チークを塗る範囲って、一般に言われてるより
ずっと狭い面積で淡く、のような気がする。


チークはババアにとって
ベースメイクの範ちゅうに入る。
顔型の修正うんぬんではなく
輝く顔色にという、くすみババアには
必修科目だからである。

だからチークまでをやってから
ポイントメイクをするべき。
メイク雑誌に乗ってるメイク法は
若い女性のためのもの。
年を取ったら、メイクは
ファッションじゃなくなるのだ。




シャネルの色物は、色だしが良いと思う。
この99番なんか、昔っからあるけど
いまだに心ときめく色だもんね。
この99番は焼きが弱いから
ブラシにとりやすいんだって。
色によって焼き方まで変えるんだね。

 
あんだんてのシャンプー
高いっちゃあ高いんだよね。
でも、何の刺激もない
安心できるシャンプーだよ。
定番として、どうぞ。




 

2002年以前に書いたと思う。
えれえ古い記事。


兄は人当たりがよく博識で
誰からも好かれる人間である。
交友関係も広く、お偉い方から危ない方まで
各業界を網羅しているようだ。
 
ただ、10歳年上のこの兄は、
どこで何をしているのかがまったくわからないのである。
父が死んで、母と暮らすようになった時も
年に2~3度、1ヶ月ほど姿を消していた。
 
親戚も心配して兄に問いただそうとするのだが
無言でにっこり微笑まれると
誰もそれ以上は突っ込めないのだ。
 
穏やかなのに、人に有無を言わせない
押しの強い圧迫感の持ち主なのである。
まあ犯罪は犯してないだろうからと
皆、諦めるが、私はそこらへん、
かなり危ないんじゃないかと思っている。
 
 
そんな兄はグルメである。
「スパゲティを作ってやろうか」 と言われ、
散々腹が減ってた私は当然 「うん」と即答した。
すると兄はトマトを刻み始めたのである。
 
ママースパゲティでいいのに
トマトからソースを作り始め
出来たのが2時間後であった。
味はというと
「本格的すぎてわかりませーん」 だった。
 
カレーを作ってくれた時には、3日後にようやく食えた。
文句を言ったら
「カレーを作った当日食おうと思うな!」
と、激しく怒られた。
 
カレールーの箱の裏には20分で出来ると書いてあるのに
という苦情は通じない。
ルーは使わないからである。
バーモントで良いのに・・・。
 
 
私が兄の性格に疑問を持ち始めた出来事がある。
私が高校ぐらいの時
よくわからん料理を出すレストランで
親や親の知人と食事をした。
 
兄がワインを注文した後、隣にいた私に言った。
「テイスティングの時に、酸っぱい!と言ったら
 面白いことが起きるぞ。 おまえ、やってみろ」
まるで悪魔のような兄の表情に、不安を感じた私は
「いや、いい。 ・・・それをしたらどうなるの?」
と、尋ねたら
「奥からソムリエが走ってきて大騒ぎになるんだぞ」
と、えらく楽しそうにクスクスと笑ったのだ。
「おまえ、それやったんかい!!」
と、聞く勇気は私にはなかった。
 
 
私は高3の3学期から学校をバっくれて
(出席日数は足りていたので)
東京で兄と暮らし始めた。
兄は 「おまえに世間を教えてやる」 と言った。
「いや私、受験前でそんな時に
 世間、知らなくていいっす。」
という口答えは、当然できない。
 
それから毎日毎日、東京中のあっちこっちの
兄の行きつけの飲み屋で朝まで飲み、帰って寝て
夕方起きてまた飲みに行く、という
人生の敗者のような生活が始まった。
 
私はお酒があまり好きではなく、
飲めば飲むほど具合が悪くなるので、
これは相当つらい日々だった。
 
結局その生活には、私は2ヶ月で音を上げたのだが
よく耐えたと自分で自分を褒めて
いいやら、どうしたもんやら。
 
 
一番つらかった思い出は、
兄の友人と3人で新宿に飲みに行った時のことだった。
 
その店に行く途中で、道の向こうから
裸足のバーテンダーが必死の形相で
私たちの横を全力疾走していき
その後を、目を合わせちゃいけないような方々が
数人追いかけて行った。
 
「ああ、また妙な世間を教えようとしてくれてるよ」
と、そこで既に帰りたかった私。
 
その晩はビルの何階かにある
薄暗いスナックみたいなところで
カウンターに座って飲み始めたが
もう夜中もいいとこだというに、
一向に兄たちは帰る気配がなく
私は、また今夜もオールナイトかい!
と気落ちしていた。
 
客は私たちと、ボックス席のもう一組だけで、
それがこれまた 「税金払ってないぜ」 みたいな方二人で
ふと、そっちを見ると、片方の人が
新聞紙に包んだ重そうな何かを、片方に渡している。
 
私がそれを見ていると、兄が
「この街では何を見ても見ないフリをしてたら
 楽しめるぞ」 とつぶやいた。
 
当時の私は真っ当な人間だったので、
そういうお勉強は全然したくなく、
すぐさま家に帰りたかったが
お約束なことに方向音痴で
そこがドコなのかもわからない。
しかも外はバーテンダーが逃げ惑うような所なのだ。
 
 
ボトルを見ると (確かダルマだったような)
半分ほど中身が残っている。
「これが空になれば、今夜は帰れるかも」
と、意を決した私は、死ぬ気でガンガン飲み始めた。
 
途中、案の定、気分が悪くなったので、トイレでゲロって
それでもなお飲み続けた。
努力の甲斐があって、ボトルが空になったので、
ようやくその晩はお開きになった。
時刻は午前4時をまわっていた。
 
兄の友人が 「お酒強いねえ」 と、
とことん青ざめてる私の神経を呑気に逆なでしてくれたが
文句を言おうにも
口を開けば吐きそうなぐらいだったので
そいつは命拾いをしたと言えよう。
 
 
さて、私は受験生なので、親から受験料が送られてきた。
兄が 「臨時収入だ、これで飯を食いに行こう」
と、不適当な発言をし
「まあ、飯ぐらいなら・・・」 と思った私が甘かった。
 
気付けば、ここどんだけの値段がするんだー!!
と叫びたくなるような
豪華なフランス料理屋の前に着いていた。
 
兄が入ろうとすると、店の人が、
ちらりと私を見て静かに言った。
「ノーネクタイはご遠慮願います」
 
私はその時、アナーキーインザUKな
格好をしていたのだ。
「店員、ナイス!!」 と心の中で小躍りしたが
兄は怒りつつも、さっさと予定変更をして
赤坂の寿司屋に私を引っ張っていった。
 
 
私はまぐろの赤身とイカとタコしか食ってないのに、
兄はバッサバッサと万札を払い
「お金が余ったから、飲みに行こう」 と、
ホテルのバーに移動した。
 
思い余って 「それ私の受験料なんだけど・・・」
と訴えると
「おまえ今年、受験するつもりだったのか?
 世の中、そんなに甘くないぞ」
・・・ここで私に絶句以外に何ができるのか。
 
ホテルのバーのカウンターに座り、
楽しそうにバーテンとお酒の話で盛り上がる兄の隣で
美しい東京の夜景をボーッと眺めながら、
私は世間の不条理さをしみじみと味わうしかなかった。
 
 
・・・その後、親には 「ごめん、全部、不合格だった」
と、偽るしか道のない私が待っていた。
 
ちなみに翌年の受験料は
青山のうまいのかまずいのかよく理解できない
ロシア料理だけで何とか押さえられた。
 
 
兄は母と住んでいたのだが
その時に家庭内では、嫁姑の争いが繰り広げられた。
 
 母  「私が洗ったお鍋を
     お兄ちゃんが洗いなおすのよ」
 兄  「洗い方が雑なんだよ。
     汚れが落ちてないのにすすぐんだぞ」
 母  「私が洗濯すると、お兄ちゃんが怒るのよ」
 兄  「色物と白いシャツを一緒に洗うんだぞ、
     まったく困ったもんだよ」
 
・・・そんなことより、他にもっと
大きな根本的な問題があると思うんだが
そんな疑問を持たないうちの家族は、
常識人の私にはとうてい理解不能であった。
 
 
 
 
 

簡単ジンジャーエール

ソーダストリーム (15.11.2) を
買ってからというもの、新たな生活習慣に
“炭酸を飲む” というのが加わった。

本当は美容のために炭酸水を使うはずだったけど
飲む方にハマっちゃったのである。

炭酸、胃腸に良いという噂だし
実際に飲んでて、調子が良いので続いている。


最初は、モナンというメーカーの
ローズシロップやモヒートシロップで
作っていたのだけれども
どうせなら栄養を加えてみようと
しょうがチューブを入れてみたのである。

すると、ジンジャーエールになった!

ま、これは当たり前の結果である。
けど、ネットのレシピサイトで
ジンジャーエールを調べてみても
生しょうがのレシピしか出てこない。

それをチューブ入りのしょうがでやってみよう
というひらめきは、賞賛されても良いんじゃないのか?


レシピは、チューブのしょうがを適量
チューブ4分の一使うぐらいの勢いで
多めに入れた方が美味しい。
それにガムシロップを好みで入れて
炭酸水を注ぐだけ。

ネットのどのレシピよりも簡単!


これを飲むのが、この冬の習慣だった。
というのもな、これを飲むと
冷え症の足先がポカポカするんだよ。
それも飲んで消化されたぐらいの時間に。

だから寝る前はいつも、コタツを切っていた。
そんで毛布も、今冬は出さなかった。
ゆたぽんも使わなかった。

夏と同じ布団1枚で暖かく寝る事ができたのだ!

これって、ものすごい事だと思う。
だって私は夏も靴下が欠かせない冷え症なんだよ。
それが、いくら暖冬だといっても
布団1枚で済ませられるなんて、奇跡だよ。


体が温まると、何となく
体調全体も良くなってくるのな。
冷え症って、ほんと健康の敵だとわかったよ。

だけどこの温もりは、夏には火照りになる気がする。
夏はジンジャーエールは控えるつもり。

だったら何を飲むかというと、ゆず。
液体ゆずを炭酸で割ると、美味いのだ。
ビタミンも摂れそうだし、良いと思う。


何故、炭酸を飲みたがるのか?
それは、オリゴ糖に理由があった。

ガムシロをオリゴ糖にしたら
すんげえ腹を下すんだよ。

最初は原因がオリゴ糖だとはわからなくて
ちょっとオロオロしたんだけども
オリゴ糖をやめたら治ったので、判明したんだ。

そこで、ガムシロとオリゴ糖を混ぜてみたら
毎日快便で、これまた調子が良い。
いやあ、まさかオリゴ糖がこんな効果あるとは。
これは続けたいな、と思って。


炭酸は癖になる、と言うけれども
今のところ、それはない。
いつでもやめられる。
でも、体調にメリットがあるんで飲み続けている。

どうせ飲むなら、普通の炭酸じゃなくて
体調への効果がわかるものが良いだろ。
だから、しょうがにオリゴ糖。


しょうが、チューブ入りといって
あなどったら、いかんぞ。
ほんっとほんと温まるから!!!
冷え症の人、試してみて。

私は実は、しょうがはあまり好きじゃなくて
しょうが湯とか、飲みたくなかったんだ。
でも炭酸と混ぜると、飲める。
飲みやすくなるんだ。
ジンジャーエールが飲める人なら、お勧め。

効果、ものすごいから、ぜひ試してみて!




ソーダストリームの機械、種類が多くて
私が持ってるのはこれじゃないけれども
フォルムが格好良いなと思って。
私が持ってるのは、安物だけど
次に買い換える時には、良いのが欲しいな。
こんなに活用するとは思ってなかったんで
安いやつで済ませたのを、ちょい後悔。

 
毎度おなじみ、皆の味方
あんだんてのシャンプー。
これ1パウチで3か月ぐらい持つよ。




始まりと終わり

2003年の記事。


夫が私の両親の元へ結婚の申し込みをしに行った時
両親は大慌てだった。
「本当にこんな娘でいいのかね?」
「よく考えた方が良くないかね?」

うちの親ってなんて謙虚、と思ったのも最初のうちだけ。
あんまりしつこくそれを繰り返すので
こいつらマジでそう言ってるんかーーー!
と、かなり腹が立った。

一般的に、嫁にやる側の親は
一体あんたんちの娘、何様? と言いたくなるほどの
尊大さと、恩着せがましさを発揮するのが
通常の慣わしである。
まるで核廃棄物を引き受けてくれる奇特な国扱いで
私は嫁に出される事になった。


その後の小中学校の同窓会でも、私の結婚に皆が驚いた。
「まさかお前が結婚するとは」

その驚きにこっちの方がびっくりして
「何で、そう驚く?」 と聞いたら
「お前は人に仕えるタイプじゃないだろう」
と、返事がかえってきた。
まあ、九州のド田舎なので
嫁は下僕という感覚もいたしかたない。

「お前は結婚しないと思ってた」
と、言ったヤツの中には
以前、私をクドいていたヤツもいた。
私は恋愛→結婚と考えるので
あらためてそいつの神経を疑わせてもらった。


結婚生活は順調だったような気がする。
私は “普通の主婦” の斜め下あたりを行く程度の
「大目に見てよ」レベルは維持していたと思う。

このあたりでネタはたくさんあるのだが
ほとぼりがさめたら書くとしよう。


結論をいきなり言うと
昨年の12月に夫と私は離婚した。

夫の性格の悪さと、私の態度の悪さが
絶妙なハーモニーを奏で
スリル満点の危なげな結婚生活を維持してきたが
とうとう、「お前のつくる飯は
“混ぜるな、危険!” じゃあ!!」
と、叩き出されてしまった。

いや、これはちょっとした
ナイスジョーク、ナイスジョーク、HAHAHAHAなんだが
これを知人に言ったら
無言で気の毒そうな顔をされたので
封印箱にしまっておいたのだ。


離婚の理由は、「性格の不一致」 としか
言いようがないのである。
いずれ、5年後10年後に
憎しみ合うような状態になって別れるよりは
今、仲良く別れた方がいいと結論を出したのだ。

言い出したのは私だが、聞いた夫は
非常ーーーーーに非情に喜んで
さっそく翌日から、彼女探しを開始しやがった。

実家への引越しも快く手伝ってくれたのはありがたいが
あまりにウキウキするもんで
うちの母はとても悲しそうであった。

うちの親と昼食を食ってる時に
テレビで 「新婚さん、いらっしゃい」が放映されてて
夫が 「こういう状況で皮肉な番組ですよねー、ははは」
と、場の空気を読まない事この上ない冗談を言ったら
母はひきつっていた。


さて、うちの母といえば
離婚を報告してからというものの
親戚中に毎日毎日電話しまくって
「娘がとうとう追い出された」 と、嘆く日々であった。
実家での私の部屋は居間の隣で
父の変死体が転がってた部屋である。

葬式の時の黒リボンもそのままの
父のでっかい遺影がどーーんと飾ってあり
ただでさえ居心地が悪いのに
母が隣で電話している声が丸聞こえなのだ。
母は声がデカい。

親戚からの電話にグチグチグチグチ喋るのも
しょうがないのだが
「点滴でラクになるかしら」
「私なんて、どうせ息をしてるだけだし」 などと
寿命をタテにとられた脅迫のような嘆きには
ほとほとまいった。

私だって当然、離婚のショックはある。 
自業自得とはいえ、ここまで
針のムシロ状態とは辛いもんだ。


離婚を隠していたわけではないが
言いまわるような事でもないから黙っていた。
私的には 「この出戻りーー」 とか
笑いで済ませてオッケーなんだが
若い連中への影響というものを考えると
うかつな行動は慎むべきだと判断したのだ。

では、何故これを書いたのかというと
元夫が再婚に向けてハッスル中だからである。


元夫は元嫁に、メッセで恋愛相談をするという
突飛な事をしているが 
(もちろん親身に応えてる私も
 充分にスットンキョウだが)
このHPを見せると、ほとんどの女性が
「おくさんとの愛の思い出」 だと泣くのだそうだ。

このHPを “愛” だと見る感覚も
ちょっとズレてる気がするのだが
(どこに “愛” が・・・?)
それを聞いて、おおーーー、恋愛中の
感情の高ぶり!キター と、感動する私としては
そういう事なら、元夫が特選に所属するのは
恋愛の障害になるのではないかと危惧している。

つまり、この先の元夫の相手次第では
ポト自体をも引退しかねないかもしれないので
皆に心構えをしておいてほしいのである。
元夫の幸せのために、寂しいからと
足を引っ張るのはやめようということさ。


で、私といえば、親戚一同から
「再婚禁止令」 なるものまで出されてしまった。

理由は 「あんたは結婚に向いてない」 ので
「これ以上、戸籍を汚さないように」 とのことである。
離婚原因が有無を言わさず
すべて私だけのせいだという
実に見事な決め付けキターーーーー!

その返事に 「犯罪暦や離婚暦とか
 戸籍はクリーニングできるんだよ」 と、言ったら
とーてーもー呆れられた・・・。
火に油ってやつ?
どうやら世間体のために
実家からも追い出されそうな勢いである。


これからの私は、深く暗い孤独という名の河を
ひとり渡って行かねばならないが
のたれ死にオッケーな私としては
そんなものはどんとこい!だ。

コサックダンスを踊りながら
ガンガン渡りまくってやるわ!!






 

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