天使か悪魔か

リアルババアあしゅのいらん事言いブログです。 昔の記事は http://maho.lomo.jp/nashural/ に。

入院は大変

2003年ぐらいに書いた記事。


私が20歳過ぎあたりの頃
ある晩、猛烈に右脇腹の後ろが痛くなった。
どのぐらい痛いかっちゅうと
痛みでゲロを吐いたほどである。

あまりの痛みに、即刻119番したのだが
ご近所の目が・・・ と思うほど
大音響でサイレンを鳴らしてきた救急車で
私は目黒区 (かな?) 大橋にある
東邦大付属病院に連れて行かれる事になった。

が、この救急車、信号で停まるのである。

もう一刻も早くどうにかして! と
苦しんでた私は、息も絶え絶えに
「あのお、緊急車両は信号停止しなくても
 いいんじゃ・・・」 と、訴えのだが
同乗していた3人の救急隊員に
「病人は黙ってなさい!!」 と一斉にハモられ
病院までの道のりが、よりいっそう長く
気まずいものになった。


病院について診察を受けたが
私が 「腎臓が痛い! 腎臓!!」 と
医学的には何の根拠もない事を言い張ったので
とりあえず痛み止めを打ってくれた。

1本では効かなかったので、2本目を打ったところで
頭がもうろうとしてきて
どこからか英語の歌が聞こえてきた。

痛み止めというのはモルヒネで
ご存知の最強ドラッグヘロインの元である。
医療用なので、激しいトリップはしないが中毒は起こす。
末期ガン患者などは、保健所に申請して
モルヒネ中毒を承知で痛みを取る治療法もある。

「やっべえ、私、幻聴起こしてるよ」
と、思ったが、痛みよりはマシ。
そのわけわからん英語の歌を子守唄に何とか、
うとうとできた。


翌日の検査で 「尿管結石」 だと判明し
入院が決まった。

もう歩くことも出来なかった私は
車椅子に乗せられ入院病棟に連れて行かれ
手続きのためにナースステーション前に放置された。

ふと気付くと、5~6人の白衣男性達が
私を取り囲みカルテを見ている。
「ああ、ここは大学付属だったな」
と思い、無視していたら
そいつら 「へえ~この子、結石だって」
とか大声で話し始めた。

もうすっかり私のプライバシーも
へったくれもあったもんじゃなく
私は膝にかけていたコートを頭からかぶり
車椅子にうずくまり
看護婦がその研修医達を散らすまで
まるで 「容疑者」 状態だった。


「石」 が出るまで、私は点滴に繋がれ
ベッドで臨死体験をしてたので
その間のことはよく覚えていない。

2日目にあっさり 「石」 は出たのだが
それがゴマ粒のような小さいもので
コレのせいであんなに苦しんだのか、と思うと
喜びよりも怒りが沸いた。


「石」 も出たし、さあ退院だあ! と思っていたのだが
回診に来た私の担当医は老人医師で
「まだ入院してて」 と言う。
「余病があるんですか?」 と聞くと
「いや、ないよ」 と、言う。

医師 「せっかく入院したんだから
 ゆっくりしていってよ」 
私 「どのぐらいですか?」 
医師 「うーん、10日」
私 「いやです」 
医師 「じゃあ一週間は?」 
私 「・・・3日」 
医師 「うーん、3日ぁ?」

回診のたびにこの会話が繰り返されて
結果的に退院は延びた事になり
老医師の策略にはまったようで、何かくやしい。


さて、「石」 も出て、すっかり元気になった私である。
大人しく病室に寝てるわけがない。
点滴台を引きずりながら
うろうろと病院内を見てまわる。
入院していたのは、循環器病棟なので
入院患者は糖尿のおやじや
腎盂炎のじいさんなどばかりである。

喫煙室で、ちょっと一服しようものなら
すかさず、じいさんが戦時中のホラくせえ手柄話をしーの
おやじが 「一日に摂取するニコチンの量」 論を
ぶちかましーので
すっかり、「ちょっとイヤンな喫煙室のアイドル」
になってしまった。


外来にある売店で雑誌を立ち読みしていた時
何かやけに皆が、こっちを見ているような気がしていた。
まあいいや、と、雑誌を読み続けようとしたら
物凄い形相で年配の看護婦がこっちに走ってくる。

「おっ、急患か?」 と、あたりを見回していたら
その看護婦は私の前で立ち止まり
「ちょっと、あなた!」 と
私の点けてた点滴を確認し始めた。
ふと見ると、点滴が血になっている。

私が立っていたので、点滴管を血が逆流して
点滴バッグの中に入っていたのである。
つまり、まわりの人は私が輸血をしながら
立ち読みしていたと思ってジロジロ見ていたらしい。

点滴を吊るす台を目いっぱい伸ばしても逆流は止まらず
それ以前に、「点滴中にウロつくとは何事か」 と
衆人環視の中、しこたまその看護婦に説教をくらい
私は逆流防止のために点滴台をかつがされ
自分の病室まで護送された。


夜中も私は相変わらず懲りずにウロウロしていた。
ヒマなので、絶対に起きてる友人に電話をかけにいった。

その公衆電話は懐かしのピンク電話だったので
まず10円玉を入れた。
・・・繋がらない。
100円玉を入れた。 ・・・繋がらない。

こいつ、詰まってるな!! と、電話機を持ち上げ
逆さにして振ったら、小銭がジャラジャラと落ちてきた。
「おお! 金の斧・銀の斧だー!!」
と、感動して拾い集めていたら
守衛さんが通りかかり手伝ってくれた。
 (後日、この話を友人にしたら、「あんた、それ泥棒」 と言われ
  あああ、そうだったんかあー!! と初めて気が付く。 ・・・が、返しようがなく、愕然。)

電話後、自分の病室に戻ったら
部屋の周りを看護婦数人が走り回り
そのひとりが私を見つけ
「婦長ーーいましたー!」 と叫んだ。

夜中の定時見回りで、私がベッドにいないので
看護婦総出で探し回っていたというのである。
私はナースステーションに連行され
再びみっちりとこってりとしぼられた。


翌朝の回診で担当老医師が言った。 
「きみ、全然ベッドにいないそうだね。
 苦情が出てるよ、看護婦から。 そんなに退屈?」 
私はやっと、退院出来ることになった。

「もうちょっと、いればいいのに」
「また帰ってきてよ、わし、あと半年ほどいるから」
などと、全然嬉しくない送辞を他の患者から送られ
タクシーで直帰のつもりで、寝巻きのまま退院した。


ところが、一番の災難は最後に待っていた。
兄がいらんこと迎えに来ていたのである!

案の定、「腹が減らんか?」 と悪魔の囁きが始まった。
嫌な予感がしたので 「全然!! 即、帰る!」
と、文字通り、固辞したのに
何故か次の瞬間、中目黒のガード下近くの裏通りにある
真昼間っから節操なく開いている
小汚い一杯飲み屋のカウンターに座っていた。


何よりもイヤだったのは
風呂にも数日入ってない寝巻き姿で
周囲に妙に溶け込んでいた自分であった。





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