天使か悪魔か

リアルババアあしゅのいらん事言いブログです。 昔の記事は http://maho.lomo.jp/nashural/ に。

うるう年はオリンピック

2004年の記事。


今、気づいたが、今年はうるう年じゃん!
ってことはオリンピックの年だな。
と、いうことでオリンピックにちなんだお話。


うちの故伯父とその奥さんは
オリンピックに出場してて知り合って結婚した。
ある日、何気なくTVに目をやったら伯父が出てて
おったまげてかあちゃんに電話をして
初めてその事を知った。
穏やかな伯父だと思ってたのに
まさかあんなに気の荒いスポーツをやってたとは・・・。

と、かあちゃんに言ったら 「ノンノン」 と
(は言ってないが)。
かあちゃんはその伯父にハサミを投げつけられて
それがかあちゃんの顔の横の柱にビイイイインと
突き刺さった事があるそうな。

「あの時は殺されるかと思ったわ」 って
そりゃ殺されかけてたんだよ!
てか、何をどうしたらそこまで夫の兄を怒らせるんやら。


伯父がやってた種目はアイスホッケーである。
奥さんがやってたのはフィギュアスケート。
「銀盤の恋」 とか言われて話題になったそうだが
美人薄命で奥さんは早くに亡くなったらしい。

で、その長男が “六郎さん” なのだ。
奥さんが美人だったのに
長男は何であの顔なんだろう? と思うが
次男が割にダンディーなので
あらら、そっちに全部行っちゃった? ってことなのか。


その六郎さんは性格も
おめえはひとりで勝手に生きとれ! みたいなヤツで
うちの両親の新築祝いの席で
私の隣に座ってベラベラ喋っていた。

その内容がどこぞの財界人と知り合いで
というような自慢話で
グリッとこっちを向いて
「きみ、リーダースダイジェストって知ってる?」
と、聞くので
「ああ、定期購読してましたよ
 時々写真集とかの通販があってそれが面白いもんで。」
と、答えたら、「ああ、そう」 と、ソッポを向いて
また妙な自慢を始める変なヤツなのだ。

後日、兄に 「新築祝いに来てたあの下品な成金男は
 どこの誰?」 と聞いたら
どこに座ってたとか、どういうヤツだとか
一切説明してないにも関わらず
「ああ、あれが “六郎さん” だ」 と
即座に答えた兄にもちょっと不安を覚えた。


伯父の亡き奥さんに美貌を貰った次男も
奥さんを亡くした。
私が東京に行ってすぐの時に、その葬式があり
私はそこで初めて、その親族の存在を知った。
その次男は伯父に逆らい、家を飛び出し
PCソフト会社を立ち上げたヤツで、東京在住であった。

その時に初めてその従兄弟と会ったのだが
年も15歳ぐらい上だったと思う。
しばらくは従兄弟とは気づかずに
“おじさん (って、どこの何?)” だとばかり
思っていたが、兄に指摘されてよくよく考えて見れば
あれは従兄弟なのだ。

その次男と初めて会った時に
こっちが挨拶しようとしたら、いきなり向こうの第一声が
「きみは天才型かね、努力型かね?」 だ。
しかも路上で大声で。

かなり面食らったが 「はあ・・・
(努力をしないので) 天才じゃないかと・・・」
と、答えたら
「はっはっは、うちの血筋は天才型が多いんだ
 きみも立派な○○家の一員だな」 だと。

自己申告をそこで真に受けるおめえは
明らかに紙一重だよ、と突っ込みたかったが
うちの一族はマジでこんなんばっかりか?
と、すげえ不安になった。


で、そこで “六郎さん” の
京都人の奥さんにイジメられつつ
葬儀の手伝いをしたのである。

次男には娘ふたりと息子ひとりがいて
皆、幼かったが葬式で涙ひとつこぼさず
毅然として前を見ていたのが印象深かった。

奥さんはガンで亡くなったのだが、まだ入院してる時から
「おかあさんはガンでもう死ぬから
 お前たちも覚悟しておけ」 と、言っていたらしい。

この年頃にそれを言うのは酷だろう、と思わんでもないが
子供たちは皆、それを守って悲しみを抑えていたので
亡き奥さんには会った事もないどころか
見たことすらないが、私が代わりに涙しておいた。

てか、その時に私は京都奥さんに
「あなたはここに座って」 と
廊下に座らされていたのだ。
しかも座布団もなしだ。
見事に古風なイジメでアッパレであった。


次男は数年して、自分の長女と同い年の女性と再婚した。
そしたら息子がグレちゃって大騒ぎしてたらしいが
そりゃあ、無理もないと思わんでもない。

だが、その息子は小学校低学年のくせに
PCでゲームをつくって
私に遊ばせてくれてたヤツなので
(何か背景が○と×で構成されたマリオタイプのゲーム)
あのまま育ったら
もっと妙なことになってたかもしれん。

プチチンピラみたいなヤツと酒やタバコを吹かして
(薬物抜きね) 夜中に2輪4輪で走り回って
女の子をナンパするという、真っ当なグレ方なら
それは良い経験じゃないかと思うが
あの息子のグレ方ってどんなんなのか
とても興味が湧く。
何かひと味もふた味も違うグレ方をしてそうで
そうだったら、そりゃ大騒ぎだわなあ。


そのグレたという話を兄が私にしたので
「ああ、そんなんは田舎の農場あたりにブチこみゃ
 すぐ直る」 と、的確な助言をしておいた。

以前、クラスメイトの見るからにヤンキー
しかも東京で! なヤツが
農場にブチこまれて立ち直ったという経験を
私に話したのを思い出したんで言ったんだが
これまた今になってよくよく考えると
そいつも格好だけ見りゃ、全然直ってねえじゃん。
しかも私に某ヤンキーバンドのコピーバンドを
作ろうなどと言ってるし。

てか、何故その話を私に持ってくる?
ジャンルが全然違うだろうがああっ!
私はその某ヤンキーバンドのコスプレを
せにゃならんのか?
それともポニーテールにでけえリボンに
ふわふわミニスカ、真っ赤なハイヒールかあ?
よく見ろ、私は頭ツンツン、チェーンジャラジャラ
安全ピンの正当なパンクファッションだろうがあ。

・・・と、ここで叫んでもしょうがないが
思い出してつい激昂してしまった。
これは私の謎な過去の経験のひとつである・・・。


自分がパンクだったということは、今、思い出しても
面白かったよな、で済ませられるからよし。
それどころか、今でもパンク好きで聴いてるし。
あああ、情に流されて、コピーバンドに
付き合わなくてよかったあああああ。


・・・と、話を戻して
この不適格決定な助言が伝わったのかは知らないが
グレ息子はしばらく、どこぞに預けられていたそうな。
数年が経った今、どんな面白い状況になってるのか
会ってみたいが、どうせ、ここに書くような結果しか
待っていない気がするので保留しとこう。

親族の話は私をとても疲れさせるのだ。
まったく、父方の一族で一番マトモなのは
やっぱ私だよなあ・・・。


うちの親族はシリーズで本を出せるほどの
変わり者揃いなんで
オリンピックの美談を書こうとしても
そんな些細な事は霞んでしまって
結局こうなる・・・はあ・・・。
(美談、まったくこれっぽっちも聞いてないし)

てか、普通、身内にオリンピック選手がいたら
その名誉は末代まで語り継がれて称えられんかあ?
何でうちの場合は 「何でもないこと」 に
なっちゃってるんだ??? 


<2016年 追記>

今年もうるう年でリオデジャネイロオリンピックだった。
日本選手がたくさん金メダルを取って
今年の漢字は、“金” だった。

うるう年は夏のオリンピックなのかな?
4年に1回だから、冬のオリンピックは
うるう年にならないよな?

この記事、冬のオリンピックの事を書いてるから
タイトルと内容が合ってないよな、と
12年目にして気付いたよ。

昔、HPにアップした時には
伯父さんがメダリストだと書いてたけど
その後調べても、よくわかんなかったので
その部分は削除したよ。

グレ息子は、親父の会社を継いだらしい。
これも、不確か情報。
とうちゃん側の親戚は、私は付き合いがないんだ。

10年ひと昔と言うけれど
色んな事が変わっていくと同時に
記憶も薄れていくもんで
今じゃ断片しか覚えてないや。
書きとめておいて良かったかもな。




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